願望 -望むことと祈ること-







お前が望む、ひとつのこと。



俺が祈る、ひとつのこと。









願望-望むこととること-








先刻までの騒ぎが嘘のように静かになった部屋の中で、土方は一人ため息を吐いた。

今日は、久々に新撰組の幹部が店に集まってささやかな宴を開いたのだった。

皆、なかなかに飲んだ。

総司に半ば無理矢理進められるままに飲んだ少量の酒のせいか、少し身体が熱い。そう思う。

「…土方副長」

静かな響きで声を掛けられ、ふと顔を上げると斎藤がすぐ傍に座していた。

「何だ」

「もう、皆このような状態なので今夜はそろそろ」

斎藤が部屋の中を見回しながら言う。

戻した視線が土方を再び捕らえて、その次に土方の横ですやすや眠っている総司に目をやり苦笑した。

部屋の中に残っているのは、原田・永倉・藤堂・斎藤・井上・土方、そして総司のみだ。

近藤は先程、一足先に休息所へと駕籠で向かっている。

山南も、馴染みの店へと向かい、もう居ない。

「井上さんと永倉さんと俺で、藤堂と原田さんを屯所まで連れ帰ります」

言われて、土方は原田と永倉達の居る方向を見た。

永倉が、原田を起こそうと必死だ。それを苦笑して見ながら、井上が原田の横でうとうとしている藤堂を介抱していた。

土方も苦笑して、その様を見る。

「駕籠を呼ぶか」

「いえ、結構です。…引きずって帰ればそのうち目も覚めるかと」

「…そうか」

では、と一言残して斎藤も永倉・井上の方へと向かった。

どうやら、井上が藤堂を、永倉と斎藤の二人が原田を抱えてゆくことになったらしい。

「歳さん、あんたは総司を頼むよ」

井上が藤堂を背負い、人の良い笑顔を浮かべて言った。

その後ろで、文字通り引きずるようにして永倉と斎藤が原田を抱えて行く。

土方は無言でそれを見送った。



「…総司」

自分の肩に凭れ掛かってうとうとしている総司に声を掛ける。

「おい」

声を掛けて何度か肩を揺さぶると、閉じられていた大きな瞳がゆっくりと開いた。

「…土方さん…?」

「皆、帰った。…俺達も行くぞ」

「何処へです…?」

ふふ、と吐息混じりに微笑む総司に、土方は本日何度目かの苦笑を。

「ふん…お前は何処へ行きてぇってんだ」

その言葉に、総司は土方の胸の中にしな垂れかかるようにして抱き付いた。

「…貴方となら…何処へでも」

抱き付いてくる身体を両腕でそっと抱き寄せる。

……いつもより、熱い気がした。

「総司、お前…かなり酔ってんな?」

「えぇ…そうですね」

「馬鹿、ちゃんと加減を知れ」

ふふ、とまた吐息だけで微笑って見せてから。

「…貴方はどうなんです…?」

少し潤んだ漆黒の闇色の瞳が、腕の中から見上げて来る。

------------綺麗だった。

「あぁ…少し酔っているかも知れねぇな」

総司の細い頤を掴み、土方は顔を寄せそのまま口付けた。

口唇が、熱い。

次第に熱を帯びてゆく吐息を感じながら、角度を変えて何度も口唇を重ねる。

「もっと…酔いますか…?」

濡れた響きが、土方の耳元を掠めた。

「珍しいことを言うじゃねぇかよ」

言って、目の前の白い首筋に口唇を落とす。

「あ…」

「…そうだな、酔ってみるか」

「…何に…」

尋ねようとする紅い口唇を塞いだ。

重ねた口唇に残る感触さえも、熱い。

やはり酔ったかも知れない。そう思った。

「……お前に」

総司の耳元で低く囁く。



「酔わせてくれよ」









「…ッ」

部屋に入り、予め敷かれた布団の上に総司の身体を優しく横たわらせ、そっと口付ける。

そして枕元にある灯に土方は火を燈した。

柔らかい光が、部屋の中を照らし出す。

「土方さん…」

呼ばれて、顔を近付けると総司の手が土方の頬を包み込み、引き寄せて口付けた。

軽く触れるだけの、口付け。

「…馬鹿、そんなに煽るんじゃねぇ」

土方の言葉にも、総司はただ微笑んで、土方の大きな背中を抱き寄せた。

「そんなに引っ張ったら俺の身体でお前が潰れちまうぞ」

苦笑して土方は総司の上に跨るようにして、その身体に覆い被さる。

微笑を浮かべる形の良い紅い口唇に誘われるようにして、土方は口唇を重ねた。

指を掃除の着物の襟に掛け、吐息を深く絡めながら白い肌を露わにしてゆく。

着物を肌蹴させながら、口唇を少しずつ下へと滑らせた。

酒のせいでいつもより上気した肌の感触を楽しみながら、首筋を軽く吸い上げる。

淡く紅く残った痕を見て、もう一度そこに口唇を落とした。

「…っ土方さん…っ」

「今更、痕は付けるなとか言うんじゃねぇぞ」

「んっ…」

「誘ったのはお前だぜ」

「っ…嫌…ッ」

「聞こえねぇな」

意地の悪い言葉とは裏腹に、落ちてくるのは優しい口付け。

苦笑した総司の指先が、土方の身体を引き寄せる。

それに逆らわず、任せて身体を寄せた。

くっきりと浮かんだ鎖骨を右手の指先でなぞり、その後に口唇を這わせる。

「…っ、…」

それだけで大きく肩を揺らす総司に、土方は満足そうな笑みを向けた。

すっかり露わになった薄い胸に口付けて、手を帯に伸ばす。

布擦れの音を立てて、解かれる帯。

総司はそれに気付いてか、笑って口を開いた。

「一さん達…ちゃんと帰れたのかな…」

その言葉に土方は鼻だけで笑う。解いた帯を投げ捨て、それからもう一度総司に口付けた。

「他の奴の名前なんて出すんじゃねぇ」

むさぼるように深く求めてくる土方に、総司は薄く口を開いて精一杯応えた。

頭の芯からつま先までが痺れるような錯覚に陥りながら、ただ土方にその身を委ねる。

「…ん」

鼻にかかった、甘い吐息。

「でも…原田さんかなり酔ってましたからね…ふふ…」

「……もう黙んな」

言って、土方は自分の身体の下に横たわる細い身体を抱き締める。

どちらからともなく顔を寄せ、深く吐息を絡めた。

一瞬、互いの瞳を覗き込んだ二人は、申し合わせたかのように淡く微笑った。

それが合図と言うように、土方は総司の身体に顔を埋める。

土方の口唇の感触と肌の熱さだけを追って、総司は瞳を閉じた。

縋るものを求めて彷徨う総司の指先を、土方の大きな手が握り締める。

そのまま指を絡めた。

「…っく、」

零れそうになる吐息を、口唇を噛み締めて堪える総司に土方はそっと口唇を重ねる。

ゆっくりと、しかし確実に土方の身体は総司を追いつめてゆく。

与えられる快楽の波に乗ることを、まだ辛うじて残った理性が邪魔をする。

「いいじゃねぇか、…聞かせろよ」

土方の長い指が、総司の敏感な部位をなぞり上げる。

上下する白い胸に口唇を落とせば、その背が大きく仰け反った。

「あ…っ」

堪え切れなかった熱い吐息が、土方の耳を掠める。

やっと零れた総司の声に、土方は薄く笑った。

「…土方…さ…っ」

腕を伸ばされて、その手を取った。

そのまま、抱き締める。

「そんなに…優しくしないで…」

濡れた吐息混じりに紡がれる言葉は、誘惑以外の何物でもない。

そっと土方は苦笑した。

「馬鹿…そんな風に言われたら俺だって知らねぇぞ」

総司が、首を振る。

「お前が止めろと言っても止まらなくなる」

「…いいんです…土方さん、このままじゃ…」

熱に潤んだ瞳が、ひたすらに土方だけを見つめる。

その視線を真正面から受け止めて。瞼に口唇を寄せた。

「…おかしく、なってしまう…」

総司の腕が土方の背中に縋った。

「土方さん…」

更に何か言おうとするのを、土方は少し荒々しいくらいに自分の口唇で塞ぐ。

逃げようとする総司の舌を絡め取って、激しく貪った。

細い腰を引き寄せ、肌と肌を重ねる。

「…なっちまえよ」

「…ぁ、…」

腰の線を指先でなぞり、揺れた腰を抱え上げてその自由を奪ってしまう。

柔らかい、白い大腿に指を這わせて。

その小さな刺激にも総司は身を硬くする。

「…お前が言ったんだ」

逃げようとする細い腰を抱きかかえ、土方は一気に身を進めた。

無残なまでに脚を開かせて、総司の最奥にまで自身を打ち込んだ。

「----------ッあ…!」

辛そうに閉じられた瞳を縁取る睫毛に、涙が滲む。

絡むように締め付けてくる感覚に耐えながら、土方は切れ切れに呼吸をする総司を見下ろした。

「…総司」

「ひ…じかたさ…っ」

荒い呼吸。この乱れた息さえも甘い。

呼ばれるままに、上半身を倒し総司の身体を抱き締める。

小さな刺激にも過敏に反応し背を仰け反らせるこの細い身体が、心から愛しいと思った。

薄い胸を激しく上下させて、総司は弾む呼吸が整うのをじっと待った。

抱き締めてくれる土方の身体を更に欲しがって、背中に回した指に力を込める。

肩に縋り立てられる爪に微かに眉を寄せながら、土方はゆっくりと動き出す。

まだ零れる吐息を堪えようとする総司に、抱え上げた腰を大きく揺らした。

「…ん…っ」

「お前が言ったんだ…」

熱い吐息ごと、耳元に囁いて。

「もっと…おかしくなっちまえよ」

「あ、…あっ」

直接身体に響いてきた低い声に、総司の肩が震える。

噛み締める口唇に口付け、歯列を割って強引に舌を絡めた。

「…俺がしてやる」

言って、容赦なく総司を昂ぶらせてゆく。

「乱れてみな…もっと」

土方の膝の上で、浮いた状態にある下半身は己で己を支える術を失って、土方の動きに支配される。

その不安定さと土方の囁きは、辛うじて保っていたはずの総司の理性を薄れさせてゆく。

もう限界だと身体が言っているのに、土方の動きに煽られて、揺れる腰を止めることが出来ない。

「まだ足りねぇだろ…?」

「…あ…っ土方…さん…っ」

堪え切れない自分の吐息に、総司は頬を染めた。

「総司…」

与えられる、大き過ぎる刺激に細い背が仰け反る。

総司の白い胸に口唇を落とし、強く吸い上げた。くっきりと残る、紅い痕。

「…もっと酔わせてくれ…」

「…っふ、…ぁ、」

背中に回された総司の腕の熱が甘い。

汗の浮いた額に付く黒髪を指先で優しく梳いてやり、涙の滲む睫毛に口付けた。

薄く開いたまま切ない吐息を零す紅い口唇を、吸い上げて。

おずおずと絡められるその舌を絡め取り、口腔内を柔らかく犯してゆく。

「…ぅ、っん…」

湿った音を立てて、二人の口唇が離れる。

いつもよりも紅さを増した、濡れた口唇が淫らに映った。

愛撫をねだる言葉よりも、声にならない吐息の方が甘い。

その口唇から零れる吐息までもが見えたような気がして、土方は背中を疼かせた。

「…総司」

呼ばれて、総司が薄らと瞳を開ける。視線が、絡んだ。

熱に潤んだ瞳を細めて、総司が微笑む。

土方もそれに応えるように薄く笑い、すぐさま総司の身体に顔を埋めた。

追いつめる腰の動きは、欲しいと思う欲望のまま激しさを増す。

「----------っ!」

小さな悲鳴と共に、閉じられた睫毛が震えた。

荒々しくて激しいのに、どこか優しい土方の愛撫が、残っていた理性を拭い去る。

総司は、すっかり荒れて乱れてしまった自分の呼吸をどこか遠くで聞きながら、土方の息遣いに耳を澄ませた。

「…総司…」

低くて、優しい声。

土方が、自分を求めてくれているのが分かる。

押し寄せる快楽の波に、包み込まれそうだと思った。

「土方さん…土方さ…っ」

正気と狂気の境が、溶けてゆく。

汗に濡れた、筋肉質な身体に激しく突き上げられて何度も意識が途切れかけた。

「総司」

その度に、現実へと呼び戻すのは低く、慈愛に満ちた優しい声。



「お願いだから…傍に…」

総司の瞳から、一筋涙が零れる。

「総司…」

「もしも…貴方の重荷になってしまったら…」

上ずった声が、綴る。

「離れる日が…来てしまうのなら…土方さん、どうかその前に--------」

吐息に混じった言葉の最後は、土方の口唇に吸い込まれた。

そのまま腰を擦り上げるように重ねられる。

「あ…ぁ…っ」

引き寄せれば、そのままに重なってきた土方の身体が、腕で己の体重を支えようとすることさえ拒んで、総司は更にきつく抱き寄せた。

土方の両腕が総司を引き寄せ、これ以上無いと言うくらいまで肌を重ね合う。

このまま、二人の肌の境さえ分からなくなってしまうまで抱き合えたら良いのに。

この熱に、溶けてしまえたら良いのに。

そう、思って。

「あぁ------------ッ…!」

甲高い嬌声が、総司の口唇から零れる。最後の方は、甘い吐息が混じって。

総司の白い咽喉が天井を仰ぎ、しなやかな背が弓のように大きく仰け反った。

「…っ」

土方の口から、ため息にも似た大きな吐息が零れ、身を一瞬硬くした。

一気に脱力した身体を、どちらからともなく引き寄せてきつく掻き擁く。

「…土方さん…」

身体を預けた体温と優しく響く鼓動に可笑しいほど安堵したのが、覚えている最後の記憶になった。











蝋燭の灯りが、どこからか入って来た微風に煽られて揺らぐ。

その灯りだけを頼りに、土方は腕の中の総司の寝顔を食い入るように見つめていた。

穏やかな表情と寝息が、愛しくてたまらない。

確かに抱き締めているはずなのに、言い得ぬ不安に襲われかけて土方はその腕にそっと力を込めた。

何故だか、腕の中の身体が消えてゆきそうに感じてしまって。

薄く開いた口唇に、自分のそれを重ねた。

身動ぎさえしない身体に苦笑し、囁く。

「…安心し過ぎだろうがよ」

優しく、黒髪を梳いて。

「なぁ…総司…?」

総司の頬に、顔を寄せた。----------あたたかい。

それだけで、こんなにも安堵するなんて。

瞳を伏せる。

刹那、蘇る声。









もしも 貴方の重荷になってしまったら

離れる日が 来てしまうのなら

土方さん

どうかその前に



------------私を、 殺して……







耳を掠めた、あの熱い吐息の響きのままに。





「…馬鹿野郎……」



この、焦燥感は何だ。



「傍に…」



居たいと願っているのに。

こんなにも。







…これ以上。

一体何が。

これ以上。

何を、求めたら。





「…死なせてたまるかよ」







どうすれば お前は

お前が俺の生を望むように、

自らの生を望んでくれるのか。






灯火の灯りが揺れる。

土方はそれを見つめ、瞳を細めた。

身を起こし、それを吹き消す。
--------------闇。

全てを溶かしそうな闇から守るように総司を掻き擁いた。









お前に生きて欲しいと 願うのは

俺も同じことなのに。

”死ぬことは怖くない”

そんな言葉が聞きたいのではない。

……言ってくれ。

もっと。

”生きたい” と。



生きていれば、お前の言う

唯一の願いは 叶うのだから。





”怖いのは 
貴方と離れてしまうこと。”










確かな、この感触。

-----------失くすものか。

静寂の中、唯一聞こえてくる総司の安らかな寝息に、

土方は何かに祈るように瞳を閉じた。

















土沖








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