髪
もっと傍に居て。
貴方のその声で私を呼んで。
その大きな手で頭を撫でて。
その指で、髪の毛を梳いて。
貴方の全てを、覚えていたいから。
髪 夕方。土方の部屋で、総司は黙って土方の背中を見ていた。
彼は今仕事中。自分は、非番。
山積みになった書類の一つ一つに目を通して、それを更に内容別に分類していく。
本当に几帳面なんだからと、総司はその背を見て一人笑った。
「…何だ」
それに気付いたのか、文机に向かったまま土方が問う。
「いえ、何でもないです」
くすくすと笑ったまま。
「そうかよ。」
声音で、土方も笑っているのが分かる。
苦笑を浮かべている彼の顔が目に浮かんだ。
「総司、楽しくねぇだろ」
新しく書類を開き、土方が言う。
気にしてくれてるのかなと、思いながら。総司は口を開いた。
「いーえ。楽しいですよ」
「…何もしてねぇだろが」
総司は膝を付いたまま畳を移動し、ほんの少しだけ土方に近付く。
「土方さんを見てますもの。」
初めて、土方が振り返る。
その先には、彼が決して勝つことの出来ない笑顔。
「楽しいか」
「えぇ、とっても」
土方は一瞬頬を緩めて笑い、そして分からないというように軽く首を傾げて机に向き直った。
「分からない、って顔しましたね」
更に近付いて。
土方の横顔が見えるくらいまで。
「分からねぇな」
土方の顔を覗き込んで、総司が微笑う。
「ふふ、教えてあげません。」
土方さんとこうして一緒に居れるだけで、楽しいんですよ。幸せなんですよ。って。
言ったら、貴方どう言う顔を見せるでしょうか。
「一個、特別に教えてあげます」
「…何でぇ」
「土方さん格好良いなって、思って」
可愛らしく首を傾げて言ってのける総司に土方は苦笑した。
「言ってろ、馬鹿」
ふい、と視線を机に戻した土方の顔に、照れの表情があるのを見逃さず。
総司は、本当なのに、と呟き、その反応に彼らしいなと思ってまた笑った。
「土方さんは可愛いなぁ」
声を上げて笑う総司の頤を掴む。
「…あぁ?もっかい言ってみな、総司」
その顔を、ほんの少し上向かせて。
口を開こうとした総司のその口唇を塞いだ。
口唇が離れる前に、もう一度啄ばむような口付けを。
「…後で覚えてろよ」
土方のその言葉に、総司は一度首を傾ける。
そして土方の横顔を見つめた。
「後で、ですか」
仕事が終わったら。
「後で、な」
書類に目を通しながら土方が言う。
分かってねぇか、コイツ。と思いながら。
「今のうちに安らいでな」
言えば、きょとんとした顔を見せて。
何か考えているような素振りをして、それから口を開いた。
「土方さん、お邪魔じゃなかったらお手伝いしますよ」
がくりと襲う脱力感と共に土方は何度目かの苦笑を浮かべる。絶対に分かっていない。
「邪魔じゃあねぇが大丈夫だ、いいから今は休んでな」
「どうしてです」
今度は総司が分からないと言った表情をして土方を見た。
「あ?だから休める時に休んでおけってことだよ」
せめてもの、土方の気遣いにも、まだ総司は腑に落ちないと言う顔をする。
「…だからな」
言って、総司の身体を引き寄せた。
「言ったじゃねぇか、後で覚えてろってな」
頷く総司。
「今日は寝かせねぇからな、覚悟しとけって事だよ」
その耳元で、土方は低く囁いた。
「抱くぜ」
瞬間、総司の頬が真っ赤に染まる。
「----------…ッ土方さ…」
言葉を発する前に口付けた。
一瞬逃げようとしたその身体を腕の中に閉じ込める。
「……」
「…あんまり大人をなめんじゃねぇよ」
「っ私だってもう子供じゃ…」
ないです、と最後は小さな声で。総司が言う。
軽く頬を膨れさせて言うその表情が可笑しくて、可愛らしくて土方はその頬に口唇を寄せた。
「なら、いいじゃねぇか」
優しく囁くと、腕の中の身体は頬を染めて俯き黙り込む。
ちょっといじめすぎたかと思うと。
総司の腕が、土方の首に柔らかく巻きついて。
土方の耳元で小さく、一言。
「…大好きです、土方さん」
突然の言葉に土方は少し驚いて、そして照れ隠しのようにしがみついて離れない総司の髪の毛に指をそっと絡ませて微笑んだ。
「総司」
自分の身体にしがみつく総司の身体を土方は半ば無理やり引き剥がして、その顔を見つめる。
総司は案の定、照れたように微笑った。
そして。
「後で、ですね」
いつもの、あの微笑を。
土方は、総司の額に口付けてその身体から手を離す。
文机に向かい、座り直して。
わざとらしく総司を手で払うような仕草を見せて休んでいろと促した。
総司はそれを見て笑いながら土方の背中の方に行き少し離れた所からその背を見、畳に横になる。
その瞼が、眠りに吸い込まれるのにはそう時間も掛からなかった。
「------------総司」
呼ばれて、瞳を開ける。
ゆっくりと焦点があっていく中で、総司が見たのは彼の苦笑した顔。
「本当にすやすや安らいでやがったな」
ほんの少しまだ寝惚けた頭で、総司は土方に向かって腕を伸ばす。
その腕を取って、土方はそのまま総司に口付けた。
「…ん」
幸せそうに微笑む総司につられて、土方も軽く笑って。
「布団…行きましょ…?」
少し掠れた声で言いながら起きようとしない総司に土方はひとつため息をつく。
「起きねぇならここで抱くぞ」
ふふ、と微笑む総司に土方は頭の中で舌打ちを。
仕方ねぇなと。
「ここまで誘っておいてお預けかよ」
言って、その身体を抱き上げた。
軽い身体を抱え、襖を開けて総司の身体を布団にそっと寝かせる。
襖を閉めれば、部屋の中は暗くて。
土方は枕元にある灯りにそっと手を伸ばした。
「…点けないで下さい…」
「馬鹿野郎、暗すぎてお前の顔が見えねぇんだよ」
額に口唇を落とす。
「…恥ずかしいです」
微笑む総司。
「…そんな余裕…すぐに無くなる------------」
吐息混じりに告げて総司の着物の襟を広げて薄い胸元を露わにし、口唇を寄せてそこに痕を残した。
「…っ」
過剰なほどに反応するその身体に土方は満足そうに笑い、その指を総司の身体を滑らせる。
絡んで来る腕に引き寄せられるままに総司の身体にのしかかった。
あまり自分の体重は掛けないようにして。
「総司…」
呼べば、視線が絡んだ。
微笑みあって、口付けを交わす。
「------------土方さん」
自分の身体をなぞる土方の指と口唇の動きを追いながら総司は瞳を閉じた。
身体に掛かる、彼の身体の重さが気持ち良くて。
触れ合う肌の感触が、愛しくて。
耳元をくすぐる土方の吐息と声に、甘い吐息が零れた。
「…総司」
その吐息。上気した頬と潤んだ瞳とが、土方を煽る。
土方の指が、総司の身体が纏う全てを取り払い。
その口唇でしなやかな白い身体にいくつも所有の証を刻んで行く。
「土方さん…」
貴方しか要らない。
熱にうなされているように。
何度も、何度も呼ぶ。
彼の身体の重さと熱さを感じながら、彼にこの身体の全てを委ねて。
----------------明けない夜を、いっそ願った。
傍に来て。もっと。
名を呼んで。その低い声で。
強く抱いて。貴方の腕で。
貴方の全てを感じたい。
最後には、髪を梳いて。
貴方の、その長い指で。
いつものように。
この手も、脚も、身体も、心も、全て 貴方のものだから。
...貴方が愛しそうに梳いてくれる、この髪も。
貴方だけの。
終
土沖