流れ出る紅 -沖田side-
どれだけ、自分を見せてもいいの。
どれだけの甘えが、許されるの。
貴方に全てを曝け出してしまったら。
私はきっと、貴方の重荷になるだけでしょう。
流 れ 出 る 紅
「……」
夢を、見ていました。
あの夜の夢です。
じめじめと、いやに暑い夜で。
池田屋へ、近藤先生と少人数で向かうことになった私。
四国屋へ、集団を率いて向かうことになった貴方。
「ご武運を」
ただ一言、言葉を交わす。それだけで十分で。
同時に、駆け出した。
その日は、実を言うと朝から何故だか妙に身体が重くて。
朝、そう言えば貴方に会った時も「顔色が悪い」と言われましたっけ。
「平気ですよ」
「…本当か」
随分神妙な顔をして貴方は尋ねるから。
「土方さんは心配性だなぁ」
苦笑して答えたのに。
本当に、平気だと。そう、思っていたんです。自分の身体の事は、知っていたけれど。
------------だから。
何が起きたのか、一瞬自分でも分からなかったんです。
紅く染まる自分の手。それは、返り血ではなくて。
思いとは裏腹に、力なくくず折れる両足。
言葉通り、畳に崩れ落ちた。それでも決して刀は離さず。
止めようとする意思に反して、ゴホゴホと激しく咳き込む自分の身体。
その度に、血が溢れてくる。
荒くなった呼吸をまるで他人のもののように感じながら、やっと思ったんです。
------------血を、吐いた。
目の前が、真っ暗になる。
「土方さん…」
自分のものとは思えない掠れた声。
起きなければ。立ち上がらなければ。思っているのに。身体が動かないなんて。
「総司っ」
何かに引き込まれるように意識を失いかけた瞬間、遠くで貴方に呼ばれた気がしました。
「ッ…総司!おい、しっかりしろっ総司!」
荒々しく抱き起こされて。斬られた訳じゃないのに、何故か身体が苦痛に悲鳴を上げた。
ゆっくりと瞳を開ける。
土方さん------------。
どうしたんです。貴方らしくもない。そんな顔しないで。
平気ですから。告げたいのに、声が出ない。
困って、笑うことしか出来なかった。…平気です、と。
貴方は、無言のまま私を抱き締めた。少し、痛いくらいに。
「…土方さん…」
やっと、声が出る。情けないくらいに、小さな声。貴方はゆっくりと首を振った。
「今は…何も言わなくていい」
聞いて、何故でしょう。貴方の声に、腕に、その胸に安心して。泣きたくなって。
貴方に縋るしか、ありませんでした。
でも後は…どう屯所まで帰って来たのかも、あまり覚えていないんです。
夢を、見ました。
暗闇の中、独り立っている夢。
------------泣いていました。
「土方さん…」
貴方が居ない。貴方が居ない。
何処ですか。
置いて行かないで。独りにしないで。独りは、嫌。
「土方さん」
歩こうとしても、足が動かない。
「土方さんっ…」
突然、誰かの腕に引っ張られて。あの腕は土方さん、貴方のものでしたか。
気付いた時は、布団の中。
枕元には、貴方が居て。
苦しそうな表情を浮かべて、私の頬に触れてじっと動かずに。
そっと、その手に私は手を重ねてみました。
「土方…さん」
貴方があまりにも苦しそうだったから。…ねぇ土方さん、私はちゃんと笑ってましたか。
「気付いたか」
優しい声音に優しい微笑。私の大好きな土方さん。
「藤堂さんと永倉さんは…?安藤さん、奥沢さんはご無事ですか…?」
気になっていた事。
「藤堂と永倉はもうピンピンしてやがる。安藤、奥沢は…残念だ」
藤堂さんと永倉さんは無事。聞いて、心からホッとする。
「…そうですか」
それしか、言えない。あんなに血を吐いたのに、私は生きていて…。
土方さんも、それ以上その件について何も言わない。
「総司、まだもう少し休んだ方がいい。…寝ろ」
…あぁ、そうだ。告げなければ。
「…土方さん」
怖くて、土方さんを見れない。でも…瞳を見なければいけませんね。
「------------何だ?」
顔を、土方さんに向ける。視線が、合った。
「ごめんなさい、土方さん」
真実を。
「…何がだ」
「血を、吐きました」
せめて声は、震えないように。告げなければ。
認めたくないけれど、現実を。
貴方の瞳から、瞳を逸らすことなく。
「…総司…」
貴方の声が、少し揺れていたように聞こえたのは私の思い違い?
「分かってて…黙ってたんです…ごめんなさい」
言ってはいけないと思った。
でも。
言わなければ、いけないことだった。
「…何故…」
尋ねられて。言ってもいいの、土方さん。私の、ずるい心を。
「…傍に------------離れたく、無かったんです」
ただひとつ。
「総司」
そんなに優しい声で呼ばないで。
------------甘えてしまう。許されるんじゃないかと。
「感染る病気だと…分かっていたのに…私は…」
起きようとするのに、言うことを聞かない身体に土方さんがそっと手を貸してくれる。
その優しさが、嬉しくて悲しい。
「ごめんなさい…」
謝る事しか出来なくて。
そんな顔を貴方にさせるのは、私のせいですね。
「ごめんなさい土方さん…」
声が、震える。
ねぇ土方さん。もしかして。
もう。
「ごめんなさい」
これでお別れですか。
「…総司」
見つめ合う。
「謝らなくていい」
いいえ。いいえ土方さん。
ごめんなさい。言わなければ。------------声に、ならなくても。
「貴方の傍に…居たくて…」
私のワガママ。どうしてそんなに穏やかな顔で頷いてくれるの。優しく、肩を抱いてくれるの。
離れないと、約束したけれど。
「それとも、もうこんな身体…いりませんか…?」
こんなになってしまって。もう、貴方の足手まといにしかならないのではないかと。
涙が、滲んでくる。
「…ッ馬鹿野郎!!」
怒りを帯びた声で怒鳴られて、両肩を荒々しく掴まれた。
怯えたように、身体が揺れる。
怒っていると思っていた貴方の瞳は、悲しそうだった。
「二度とそんな事言うな」
呼吸が顔に掛かるほどの距離で見つめられる。
土方さんの瞳に、涙。
それを見ただけでもう、堪えきれない。
涙が、とめどなく溢れて頬を伝っていく。
「頼むから------------」
引き寄せて、そのまま抱き締めてくれた。
私の身体を、貴方の腕が余すところなく包み込んで。
「------------ッ」
震える指先が、貴方の背中に縋る。
「…ごめんなさい…っ」
ごめんなさい。土方さん。
泣かないで。
「総司」
ごめんなさい。ごめんなさい。
泣かないで。
「もういいから…総司」
口付けようとしてくれる土方さんに少し戸惑っていたら、微笑って見せて。
貴方は、感染らねぇよと耳元で囁いてそのまま優しく口付けてくれた。
だんだん深くなる口付けに、息が上がる。
「…すまない…」
低く、呟かれ。
どうしてですか。
どうして貴方が謝るんです。
「すまん…」
抱き締められたまま、身動きが取れない。
謝らないで。
「謝らないで下さい…土方さんは何も悪くない」
貴方のその優しさに頼りきってしまっている私が悪いんです。
貴方の腕から感じる温もりだけが、私に言ってくれる。------------生きろと。
「俺の傍に居ろ」
離れなくても、いいの?
「離れるなと、言ったな」
涙を拭うことすら忘れ、見上げて頷く。
「もう…何も隠すんじゃねぇ」
でも土方さん。
それでは貴方が辛くなってしまうでしょう。
これ以上、困らせたくないんです。
邪魔になってしまうのが、怖いんです。
いつか、貴方の足を引っ張ってしまうのではないか。
それが、怖くて仕方ないんです。
「お前の全部見せな」
曝け出せ、と。
私の愚かな願いを貴方は笑いますか?
「貴方の重荷にだけはなりたくないんです」
切に、それだけを思う。
誰よりも、傍に居たいと思っているからこそ。
「馬鹿野郎、また怒られてぇのか」
そう言われると困ってしまう。そんなつもりはないから。
「そんな顔するんじゃねぇ」
土方さんも、言いながら苦笑する。
「俺は…お前を困らせてるか?」
低くて優しい響きが、心に沁みる。
いいえ、土方さん。貴方の何気ない言葉が、こんなにも私を救ってくれるんです。
「…だから私は土方さんが大好きなんです」
少しだけ、甘えてもいいですか。
「ちゃんと、受け止めて下さいね」
自然と、笑みが零れる。
頭を、そっと土方さんの広い胸に摺り寄せて。
貴方は、額に口付けてくれた。
「…必ず」
否定して欲しくて。
離さないと言って欲しくて。
------------まだ、戦えるから。戦うから。
貴方の傍で。
だから。
離れないで。
離さないで。
「俺の全てを懸けて」
この身体に、まだ生きる価値があるように。
終
土沖