流れ出る紅 -土方side-
隠さないで。
綺麗なところ、汚いところ、全部見せて。
お前の全てを曝け出して。
俺が全部、受け止めるから。
流 れ 出 る 紅
「……」
土方は、寝ている総司の枕元に座りその寝顔を見つめていた。
------------静寂。
微かに聞こえてくる総司の穏やかな寝息だけが、土方を安心させる。
「…総司」
返事は返ってこないと分かっていて名を呼んだ。
起こさないようにと、そっと総司に手を伸ばし白い頬を優しく撫でる。
何かに耐えるように、土方はきつく口唇を噛んだ。
瞳を閉じれば、鮮明に蘇ってくる。
あの、鮮やかな紅------------。
ゾクリと背筋が寒くなり、土方は身震いした。
「総司」
呼吸が、止まるかと思った。
「総司っ」
暗闇の中、見つけた瞬間駆け出していた。
「ッ…総司!おい、しっかりしろっ総司!」
倒れていた身体を、抱き起こす。
「…っ…」
総司の口から辛そうな吐息が零れ、顔が軽くしかめられる。
ゆっくりと総司の瞳が開き、土方を見上げた。
見上げてきた顔は、暗闇の中でも分かるほどに青白く。
それとは対照的に、口唇の回りを染める紅が鮮やかだった。
その紅に、瞳を奪われて。
「…総司…」
咽喉が、カラカラに渇いていくのが分かる。
掠れた声で、土方は腕の中の彼の名を呼んだ。
「……」
憔悴しきった様子の土方を、総司は黙って見上げて。
そして、少し困ったような表情で静かに微笑んだ。
------------泣くかと、思った。
土方は、その表情を見て口唇を噛み、締めそのまま強く腕の中の身体を抱き締めた。
「…土方さん…」
静かながらも、ほんの少し揺れた響きで総司がやっと土方を呼ぶ。
無言のまま土方は首を横に振った。
「今は…何も言わなくていい」
…それしか、言えなかった。
「総司、立てるか」
土方の言葉に、総司は頷いて見せる。
立ち上がるのに肩を貸して、ゆっくりと立たせてやろうとした瞬間。
土方は、愕然とした。
驚くくらいに、総司の身体が軽い。
------------総司...!
漠然とした不安と恐怖が、足元を襲ってきて土方は瞳をかたく閉じる。
振り切るように、キッと前を見つめた。
「行くぞ、総司」
池田屋からの引き上げは、土方に肩を借りながらもしっかり歩いて屯所まで帰って来た。
それが限界だったのだろう、自室に連れ込んだ瞬間総司の身体は膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。
夢であれば良いと思った。
けれど残酷な現実はすぐ目の前にある。
「総司、お前…」
土方は掌で総司の頬を包み込み、呟いた。
顔色が悪いぞと、少し痩せたなと、しょっちゅう言ってはいたけれど。
まさか。
------------血を、吐いた。
どんな病気も、血を吐くのは末期だと聞く。
だが、現に総司は血を吐いて------------。
認めたくなくて、土方は固く瞳を閉じて頭を振った。
「お前…」
言葉が、続かない。
刹那、総司の頬を包んでいた側の手の甲に温もりを感じて、土方は瞳を開ける。
「……」
「土方…さん」
青い顔に微笑を浮かべて、総司が土方を見つめていた。
「気付いたか」
優しく問いかけると、総司は無言で頷く。
土方も、軽く微笑った。
「藤堂さんと、永倉さんは…?安藤さん、奥沢さんはご無事ですか…?」
こんな時にも他の人間を気にかける総司に土方は困りながらも、らしさに安心し告げる。
「藤堂と永倉はもうピンピンしてやがる。安藤と奥沢は…残念だ」
「…そうですか」
総司はそれだけ言うと、視線を天井に向けた。
沈黙。
「総司、まだもう少し休んだ方がいい。…寝ろ」
布団の上から、軽く総司の身体を擦ってやる。
「…土方さん」
視線は天井を見たまま、総司は静かに土方を呼んだ。
何か予感がして、土方は一瞬呼吸を止める。
「------------何だ?」
総司が、顔を土方の方に向けた。
一瞬の沈黙の後、何かを決意したかのように総司が口を開く。
「ごめんなさい、土方さん」
「…何がだ」
「血を、吐きました」
穏やかな声が告げる。
認めたくない、現実を。
分かっていても、本人から面と向かって言われると事が違う。
背筋が、寒くなった。
「…総司…」
名を、呼ぶ事しか出来ない。
情けなくて、嘲笑いたくなった。
「分かっていて…黙っていたんです…ごめんなさい」
何故だ。
聞いてはいけないと思った。
でも。
「…何故…」
土方の言葉に、総司が困ったように微笑む。
池田屋で、見せたように。
「傍に------------離れたく、無かったんです」
「総司」
「感染る病気だと…分かっていたのに…私は…」
言いながら、ゆっくりと身体を布団から起こそうとする。
止めようかと思ったが、土方はそっと手を貸してやった。
「ごめんなさい…」
総司の瞳が、揺れる。漆黒の瞳が、切なそうに引き歪む。
土方は、口唇を噛み締めた。
「ごめんなさい土方さん…」
揺れた声音が、心に響く。
------------謝るな。
総司、お前は悪くないと。
「ごめんなさい」
「…総司」
呼べば、見つめ返してくる闇の色をした瞳。
「謝らなくていい」
土方の言葉にも首を振り。
「……」
ごめんなさいと、声にならなくとも口唇はその言葉を綴る。
「貴方の傍に…居たくて…」
無言で土方は頷いた。細い肩を、そっと引き寄せる。
「それとも、もうこんな身体…いりませんか…?」
静かに悲しい言葉を口にして、総司は微笑んで見せた。
こんな時に、そんな事を口にしてまでお前は微笑うと言うのか。
瞳に、微かに涙を浮かべてまでも。
「…ッ馬鹿野郎!!」
つい声を荒げて、土方は総司の両肩を真正面から掴んだ。
ビクッと、総司の身体が揺れる。
俺が、お前にそんな事を言うとでも。
「二度とそんな事言うな」
------------離すものか。
呼吸が顔に掛かるくらい間近で見つめ合う。
見開かれた総司の瞳から、一筋涙が零れた。
とめどなく溢れる涙が、頬を濡らしていく。
「頼むから------------…」
土方は、目元が熱くなるのを感じてそれを隠すように総司の身体を引き寄せ強く抱き締めた。
微かに震える細い肩を、両腕で余すところなく包み込んで。
「------------ッ…」
総司の指先が、土方の背中に縋る。
「…ごめんなさい…っ」
漏れてくる嗚咽を堪えながら、総司は何度も何度も繰り返す。
「総司」
心が、痛い。
謝るな。謝るな。
お前は何も悪くない。
「もういいから…総司…」
なだめるような優しい口付けを。
一瞬拒んで見せる総司に微笑って。
俺には感染らねぇよと、耳元で低く囁いてそのまま口付ける。
息が上がるまで、離さずに。
「…すまない…」
土方は、低く呟いた。
------------気付いてやれなかった。
こんなに、傍に居たのに。
いつも、隣に居たのに。
こんなになるまで、気付いてやれなかったなんて。
「すまん…」
抱き締めたまま、告げる。
「謝らないで下さい…土方さんは何も悪くない」
返ってくる声は、穏やかで優しい。
何だか消えてしまいそうに思えて、土方は総司を抱く腕に力を込めた。
「俺の傍に居ろ」
手離したくない。
総司の身体のためには、決して良くないことだと分かっていても。
「離れるなと、言ったな」
土方の言葉に、総司はただ頷く。綺麗な微笑さえ浮かべて。
涙に濡れた漆黒の瞳が、綺麗だと思った。
「もう…何も隠すんじゃねぇ」
話してくれ。何もかも。
俺には。俺だけには。
「お前の全部見せな」
曝け出せ。
醜い独占欲だとお前は笑うか?
「貴方の重荷にだけはなりたくないんです」
真顔で、言ってのける。
腹の中では、また何を思い詰めてやがるんだ。
「馬鹿野郎、また怒られてぇのか」
言うと、困ったような表情をして見せる。
「そんな顔するんじゃねぇ」
土方も、頬に苦笑を刻んで言った。
「俺は…お前を困らせてるか?」
優しい響きが胸に沁みて、総司は黙って首を横に振る。
彼の何気ない優しさが、愛しかった。
「…だから私は土方さんが大好きなんです」
少しだけ甘えた声で、総司が言う。
「ちゃんと、受け止めて下さいね」
瞳を細めて、総司は柔らかく微笑った。
頭を、土方の胸に委ねて。
土方は頷いて、そっと総司の額に口唇を寄せる。
「…必ず」
隠さないでくれ。
独りで何でも抱え込みたがる癖のあるお前。
「平気」と微笑んで嘘を言うお前。
強さも、強がりも、弱さも。
全てを、見たいんだ。
何を、想っているのかさえ。
「俺の全てを懸けて」
例えこの命が、燃え尽きても。
終
土沖