鼓動










鼓 動







「土方さん」



障子の外から、呼ばれる。

こんな夜中にどうしたと、訝しく思いながら。

布団に身体を横たえたままで。

「総司か。…入れ」

スラッと障子が開いた。

そこには、月明かりを背に立つ総司の姿。

手には、枕を持って。

「どうした」

布団の中で、肘を付き顔だけ総司の方に向ける。

総司は無言で部屋に入り、障子をそっと閉め土方の枕元にちょこんと正座した。

「一緒に、寝て下さい」

真顔のまま。

「…何?」

土方は一瞬我が耳を疑って、聞き返す。

「土方さん、一緒に寝て下さい」

へら、とやっと総司が微笑って見せた。

沸いてくる脱力感。

「…総司、お前いくつだ」

「20ですよ」

悪びれる様子も無く平然と答える総司に、土方は深いため息をひとつ吐いた。

「……」

「…眠れなくて。」

頬からは笑顔が消えて、俯いたその顔に影が落ちる。

------------あぁ、そうかよ。

総司の様子が何となくおかしいのに気付く。

もう一度、ため息をついて。

「…ほら、来い」

そう言って、布団を捲り上げて総司が入って来れるように身体をほんの少し端に寄せた。

のそのそと、入ってくる総司の手の中にある枕を取り上げて、部屋の端の方に投げ捨てる。

「…あ」

一瞬布団から出ようとするその身体を引き寄せて、布団の中へ。

「枕なんていらねぇだろ。いいから来い」

自分に背を向けて布団に横になる総司に、土方は何度目かのため息を吐いて。

「総司。取り合えずこっち向け」

総司の身体がゆっくりと寝返りを打って、土方と向かい合った。

同時に、土方の腕が総司の身体を抱き締める。

これ以上ないと言うくらいに密着すると、総司は土方の腕を枕にしていた頭をその目の前にある

広い胸にそっと摺り寄せた。

土方は、黙ってその頭に頬を寄せる。

総司が、口を開くのを待った。





「…土方さんあのね」

「ん?」

「眠れないんです。」

それは、さっきも言っただろうがよ。

土方はその言葉を飲み込んで。

「…そうか。」

ただ一言。

これは、長期戦になるかと、思ったその時。

「土方さん、明日…」

ぎゅっと、総司の指が土方の着物を握り締める。

明日。明日の、夜中に。

その言葉を聞いて、土方は少し総司を抱く腕に力を込めた。

何を言おうとしているか、分かって。

「あぁ、明日だ」



明日、芹沢鴨を斬る。

低く、土方が言い切った瞬間、総司は一瞬息を詰める。

土方にも、それは分かって。

「総司、お前…」

「…平気ですよ。言ったでしょう土方さん」

本当に、良かったのかと。土方が全てを言う前に総司は言った。

「私が斬ります」

声を、潜めて静かに。微笑みすら浮かべて。



総司を気に入っていた芹沢鴨と、その鴨に懐いていた総司。

あまりにも残酷な事かと、土方も思ったけれど。

斬ると告げた時の、総司の言葉と笑顔が忘れられない。

「私を仲間外れにしないで、言ってくれてありがとう」

穏やかな声で。

「芹沢先生は、私が斬ります」

戸惑いも見せず。真っ直ぐな瞳で。

あぁ、コイツはそう言う奴だったと。土方は、ただそれだけ思った。

「…頼む」

返した言葉は、それだけ。





「土方さん?」

数日前の事を思い出していたら、黙ってしまっていたようで土方はハッと我に返った。

「…あぁ、すまない」

土方のその言葉を聞いて、総司が微笑む。

すまん、と呟いて髪を梳いた。

「土方さん…もし、お梅さんも一緒だったら…」

その言葉に、土方は頷く。斬る、と。

「哀れだろうが…仕方ねぇさ」

低い声で、土方は総司の髪を指先で梳きながら言った。

総司は、何も言わない。

しばし沈黙して。

「…土方さん、温かいですね。」

胸に頬を寄せて、瞳をうっとりと閉じて総司が言う。

「土方さんの心臓の音が、聞こえる…」

規則正しく。

その、鼓動を刻んで。

「生きて、いますね」

綺麗に、微笑んだ。

「…あぁ」

生きてる。

この手が、明日ひとりの男の命を奪いに行く。

生きる命と、奪われる命。

何だか可笑しくなって、土方は自嘲った。

自分の命にも、明日への保証は無く。

もちろん、この腕の中にいる身体の命も。



「土方さん」

総司の指先が、そっと土方の肌に触れて。

「でも、お梅さんはきっと幸せですね。」

心なしか、濡れた響きを含んだ声に土方はハッとして総司を見つめた。

綺麗な、漆黒の瞳が見上げてくる。

その視線を真正面から受けて、土方は問うた。

「なぜ?」

ふふ、と総司は柔らかく微笑む。



「だって、好きな人の腕の中で死ねるんですから。」



その表情は、見惚れるほどに綺麗で。

考えてもいなかった事に、土方は軽く瞳を見開いた。

「…幸せだと」

そう言って、総司は土方の腕の中で瞳を閉じる。



「私なら、そう思うと思うんです」



愛しい人の、腕の中で。

愛しい人を、抱いて。

そのまま、息絶える事が出来たなら。

------------例えば、もしもこのまま。

この鼓動を。温もりを感じたまま?



「…そうだな」

腕の中の身体を、知らずと強く抱き締める。

「たったひとりで死んでゆくよりも」



この、腕の中の温かい身体もいつかは冷たくなって。

耳をどんなに澄ましても、鼓動さえ聞こえる事もなく。

もしかすると、自分の知らない所で?

もしかすると、自分と遠く離れた所で?



「------------幸せでしょう…?」

そう言って、微笑んだ総司が妙に頼りなく見えて土方は自分の胸に顔を埋めるその首筋にそっと口唇を落とした。

軽く吸い上げて、その白い首筋に淡く紅い痕を残す。

「っ…土方さん…」

総司の、肩が大きく揺れた。

「生きているか…確かめたくなった」

吐息混じりに囁いて。

その言葉に微笑む紅い口唇に誘われるようにして、口付ける。

ゆっくりと、深く。

角度を変えて、何度も貪った。

「…っん…」

総司の口唇から、切ない吐息が零れる。

抱き締め合って静寂に耳を澄ました。

互いの鼓動が、肌を通じて聞こえてくる。

その規則的な低い音に、安堵を覚えて。

「今日は…離さないでこのままで居て下さい…」

「離すかよ」

温もりと、この鼓動を。

いつだって、思い出せるように。







…きっと、幸せですね。

だって、好きな人の腕の中で死ねるんですから。







明日も、変わらずこの鼓動を感じられますように。

明日も、この温もりに触れられますように。









------------そのために、生き抜くから。

















土沖








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