夏ニ散ル花











眩い光は まるで 


うたかた。












夏 ニ











「…うわぁ」

仕立てられたばかりの浴衣に袖を通した細い身体が、人波の中、足を止めて夜空を見上げる。

頭上に咲く、夜空を彩る光の花に瞳を光らせた。

真夏の夜空を、明るく染める眩い光。

「きれい」

呟いて、ふと周りを見渡すと先程まで隣に立っていたはずの一人の姿が見えない。

人波に流されそうになりながら、顔を上げてその姿を探す。

立ち止まった小さな身体の横をすり抜けてゆく大人たちの流れに戸惑い、その場に立ち尽くした。

「……」

ひとりの名を呼んだその声は、打ち上げられる花火の鳴る音にかき消される。

「こんな処で立ち止まっちゃあ危ないぜ、坊主」

その声の方向に顔を上げようとした瞬間、背中に人が勢い良くぶつかって来て体勢を崩しかけた。

「…っ」

ふら付いた身体の腕を引かれるのと同じくして、心細さに震えかけていた背に大きな手が触れる。

反射的に顔を上げた。

「宗次郎」

「…歳さん…」

探していた彼が、苦笑を浮かべて見下ろして来る。

「馬鹿。いきなり消えるな」

耳慣れたその声が降って来て、宗次郎は目の前に立つ土方の浴衣にしがみ付いた。

「…宗次?」

「…ごめんなさい」

素直に謝る宗次郎の頭を少し乱暴に撫でて、土方は軽いため息を吐く。

この人波の中、すぐに見付けられて良かったと思う。

「行くぞ」

短く告げると、無言で頷き、そっと身体から離れる宗次郎に向かって土方は左手を差し出した。

きょとんとした表情で見上げて来る顔の額を指で突付く。

「…また、はぐれたいのか?」

意地悪な言葉とは裏腹の、その声音の優しさに宗次郎は笑い、土方の左腕に両腕を絡める。

「いいえ。もう、嫌です」

絡める腕に、力を込めて。







歩き出した二人の頭上に、花火が咲いた。











思い出すのは、あの光。










「--------」

閉じていた瞼が微かに震え、長い睫毛が揺れる。



「…起きたか」

低い声を掛けられて不意に身体を起き上がらせようと総司が布団の中で身動ぐと、一本の腕がそれを制止した。

声のする方に瞳だけを動かす。

「土方さん…」

総司のその声に、淡い微笑を端正な顔に浮かべ、土方が乱れた総司の前髪を掻き上げた。

「具合は、どうだ」

「平気です。貴方に無理やり寝付かされているだけですから」

わざと拗ねたような口振りで言う総司に苦笑して、土方は彼の髪を撫でる手を額に移す。

掌に伝わる熱は、いつも記憶する彼のものより熱いと思えた。

「またそんな減らず口を叩く」

「本当のことです。もう、平気なのに」

いつもより白い頬と、熱で上気して薄らと紅に染まる目元にはそぐわない明るい声に、胸が痛む。

いつからこうやって強がる術を覚えたのだろうと、土方は心の奥で思う。

「そう言う言葉はな、もう少し顔色を良くしてから言うものだ…寝てろ」

「寝てばかりで腰が痛くなって来ました…少しだけ、起きても良いでしょう?」

「総司」

「ほんの、少しだけで良いのです」

少し、間を置いて。

土方は深いため息を付く。

「…少しだけだぞ、いいな」

言って、身を起こそうとする総司の背を土方の腕が支えた。

頼りないほどに華奢なその背に、土方は包む肩に込める力をそっと強くする。

それに気付いてか気付かないでか、総司は土方に向かって微笑んで見せる。

「--------静か、ですね」

「さっきまで、永倉や原田たちが部屋に居たんだがな。居てもやかましいだけだ、祭りにでも行けと言ってやった」

「そうなんですか?…お祭りかぁ、いいなぁ」

ぽつりと呟くその声が、やけに寂しそうで土方は腕の中に居る身体の名前を呼ぼうと口を開く。

それと、同時に。

「土方さん」

不意に呼ばれて、土方は瞳を総司に向けた。

「…嫌だなぁ、そんな顔しないで下さいよ。私も祭りに連れて行け、なんて言いませんから」

くすくすと楽しそうに笑う総司の横顔を見つめると、土方の視線を受けた闇色の瞳が綺麗に更に細められる。

「夢をね、見ていたんですよ」

「夢だと?」

「えぇ。あのね、土方さん…」

言葉を続けようとした総司の声に、夢の中で聞いた音と同じ音が重なるように障子の外で響いた。

その音に、土方は開いてはいないが障子の方へと瞳を向ける。

ゆっくりと立ち上がり、音を立てずに障子を開ききった。

「総司、見えるか」

暫く、障子に手を掛けて夜空を見上げていた土方が声を発する。

振り返ると、総司は嬉しそうに微笑い土方を見上げていた。

「花火、ですね…」

穏やかな声音が、優しく土方の耳に届く。

土方はその声に頷いて、先程まで座っていた総司の枕元の辺りにしゃがみ込むとそこから障子の外を見上げる。

「具合は、良いのか?」

「えぇ、良いです」

「…そうか」

呟くのと同じくして土方の腕が総司の背と膝の下に回り、そのまま身体を軽々と抱き上げた。

「ひ、土方さん…?」

無言のまま部屋から障子の外に出て、土方は総司を縁側にそっと座らせた。

蒸し暑い京の夏であることを忘れさせるような、心地好い夜風が吹き抜ける。

土方は羽織を肩から脱ぐと、寝着を身に着けただけの総司の肩にそれを羽織らせた。

「ここの方が、布団の中よりも良く見える」

「土方さん…」

肩に掛けられた羽織に指で触れ、総司は隣に腰を下ろす土方を見つめる。

その視線に、土方は二重の瞳を柔らかく細めた。

見慣れた土方のその微笑に、総司は訳も無く泣きたくなりそっと、横の肩に顔を伏せる。

「…見えるか、総司」

「…見えます…」

言って、顔をゆっくりと上げた。

遠くから打ち上げられている花火が、屋根の隙間から煌めいて見える。

光から少し遅れて届くのは、記憶にあるよりも、ほんの少し小さく感じる腹の底に響くような音。



「…綺麗」

夜空を彩る色と光のひとつひとつに、総司は瞳を凝らす。

消えるその光のひとつも、見逃さぬように。

「夢…花火の、夢だったんです。土方さん」

小さな呟きが、耳を掠めた。

「私がまだ小さかった頃…貴方と見に行った花火の夢を見ていたんです」

「…そうか」

「覚えていますか?花火に見とれていたら、私…貴方とはぐれてしまって」

夢の中で引かれたその腕を、総司は見つめながら言った。

腕に、まだその感触が残っているような感じがして、そっと腕を擦ってみる。

「覚えているさ。…泣きそうになっていたっけな、お前」

わざと意地の悪い言葉を言う土方に、総司は苦笑した。

「不思議なほどに、覚えてました…あの、音も色も…光も」



すぐに、消えてしまうものなのに。

形さえ残さずに。

残るものは、あの音と色と光。

眩しいまでに輝いて、煌めいて。

----------一瞬で散って。





「今日見ているこの花火も…きっと…ずっと覚えているのでしょうね」



消えるものなのに。

どうして、覚えているのだろう...?







綺麗に、咲いて。

眩い光を、放って。

潔く、散って。

華やかに。

心に、記憶に、鮮やかにその姿を残して。




残るのは、切ないまでの美しさ。

美しいまでの、儚さ。





花火の儚さは、まるで何かに似ているようで…?



そう、例えば...







だから人は、花火を儚いと思うのか。

だけど人は、花火を美しいと思うのか。





「総司」



黙り込んだ総司に、土方は訝しげに声を掛ける。

「…ふふ…困ったな、綺麗過ぎて…瞳が痛い」

まるで自嘲のような笑みを浮かべる横顔を、見つめた。

「忘れないように、ちゃんと見ておかなくちゃいけないのに」

「…総司」

「ずっと…覚えて、いたいのに」

呟く横顔を、花火の光が微かに照らす。

夜空を見上げたままの総司が、闇色の瞳をそっと伏せる。

「今度は、貴方からはぐれないようにして」

揺れた声でそれだけ言うと、総司は土方の方に顔を向けてそっと瞳を細めた。

その瞳の奥に映るのは、押し隠した寂寥の色。

土方は、総司の後頭部に掌を回しそれを自分の肩口の方に引き寄せた。

総司が一瞬呼吸を詰めたのを感じてから、ゆっくり口を開く。



「…もう、はぐれさせるものか」

後頭部に触れていた手で、細い肩を抱く。

僅かに震える肩を掌で包み、引き寄せるその力を強くした。

「…たとえ」

言葉を続けると、総司の指が土方の袴に触れる。

縋るようなその手に、土方は総司の肩を抱く腕と反対の手を重ねた。

包み込める白い手の甲を掌で何度か撫で、柔らかく握り締める。

そのまま、指を絡めた。



「どこにはぐれても、必ず探し出す」

低く言う土方の声に総司は、無言のまま小さく頷いた。

上から握り締められた手を一度離し、今度は掌を合わせてもう一度指を絡め合う。



「必ず…お前を、探し出す」





「…必ず」

何度も、何度も。

言い聞かせるように、繰り返し。







「…いいな、総司」



返事の代わりに、総司は土方に縋る指先に力を込めた。





「総司」









------眩い光は まるで



うたかた。





貴方との、
今この刻さえも 
いつかは、流れて



ゆっくり 
ゆっくりと流されて、
流れに飲まれて



いつかは 消えて





覚えて、いたいと。



そう、願って。




「…土方さん…」



残るものは、

何でしょう?

何故、
忘れないのでしょう?







「夏も、もう終わりますね…」





輝くことを惜しみもせず、ひとつ、またひとつと煌めいては消える夜空の花は綺麗。

散っても、何か心に残るのならば。





終わりの時が近づいて、次々と夜空に咲いては消える花。

鮮やか過ぎるその色が、眩しい。



「--------綺麗…」





--------あぁ。





永久に
輝けはしないのに。

それでも 
色褪せないなんて。









まるで、この想いは





夏ニ、散ル 花 …









夜空に凝らしたこの瞳の奥が痛いのは、眩過ぎる光のせいだと思い込んで。

総司は、そっと瞳を閉じ土方の胸に顔を埋めた。





















土沖








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