始まりの場所









このままで、

変わることなく。









始 ま り の 場 所













「…--------」

いつもよりも冷え込んだ夜。

宗次郎は灯を落とした部屋に寝具を敷き身体を横たえていた。



こんな夜更けに、人の声がする。

うとうとしながらも遠くその声を聞き、ゆっくりと寝返りを打った。

「…?」

やはり、声がする。しかも大人数の。

布団から起き上がって、部屋の障子を開け廊下に出た。

裸足のその裏に、すっかり冷えた廊下が冷たい。一気に眠気も飛んでしまった。

足音を立てないようにして、声のする部屋へと向かう。

角を曲がり、声のする部屋の少し前で一度歩みを止める。

聞こえてくるのは、楽しそうな声。

かなりの大声で笑っているのは原田だ。

それに、永倉や山南、宗次郎にとって兄弟子であり師でもある近藤の声がする。

「……」

大人は皆して、飲んでいるのだと分かり宗次郎はそっと苦笑した。

今日は大晦日である。

明日の朝早くに元旦参りをするからと、宗次郎や藤堂を早く寝かせておきながら年長組は集まってこんな風に楽しい時間を過ごしていたのだ。

しかし不思議とそれに怒りは込み上げない。

むしろ、何だか微笑ましいとまで思ってしまう。

廊下ですぐ傍の部屋に入ろうか自室に引き返そうか思い悩んでいた所で突然障子が開いた。

「…宗次」

出て来たのは土方である。

驚いて声を上げそうになるのを堪えて、宗次郎は口を押さえた。

「何でぇ、起きて来たのか」

無言で頷く宗次郎に向かって土方は口の端をゆるく上げて笑うと、顎をしゃくって部屋に入れと促した。

それに逆らわず、部屋を出ようとしてやめた土方の背に続いてその部屋に入る。

「おお、宗次」

近藤が笑顔で迎える。その頬は少し上気し、良い程度に酒が入っているのが分かった。

立ったままの宗次郎に歩み寄って来たのは原田。

近藤以上に赤い顔をして宗次郎の横に立つと、その肩を抱いて宴会の輪の中に座らせた。

座った宗次郎のその隣に土方が腰を下ろす。

「おい宗次。子供は寝んねの時間だぞ」

楽しそうに原田は笑ってそう言うと、手に持っていた杯の中身を一口で飲み干した。

「…どうせお前のその大きな笑い声で起こされたんだろうよ」

土方が片頬を歪めて言うと、原田はまた白い歯を見せて笑って見せる。

「…そうなのか?」

問うてくる原田に苦笑を交えて微笑み返す。

原田は、手に持っていた杯を宗次郎に押し付けてその中に酒を並々と注いだ。

「起きちまったなら仕方ねぇ。ま、飲めや」

「…困ったな」

「何でぇ、俺の酒が飲めねぇってのか。コラ宗次」

かなり酒が入っているらしい原田は顔を近付けて絡んで来る。

「宗次、飲まないと左之の奴しばらくお前から離れないぞ」

永倉が瞳を細めて可笑しそうに笑って言った。

その手にも杯が乗っているが、永倉は酒になかなか免疫があるのか特別変わった様子は無い。

宗次郎は一度、自分の横に座る土方に助けを求めるように視線を投げた。

それに気付いた土方も、ニッと笑って「飲めよ」と低く言う。

杯に溢れんばかりに注がれた酒を一目見てから、宗次郎は瞳を閉じ一気にそれを呷った。

部屋にいる者達が宗次郎の飲みっぷりに歓声を上げる。

「おいおい、大丈夫かお前」

一口で杯を空けてしまった宗次郎に土方が声を掛けた。

その声に、宗次郎は瞳を上げて土方の顔を見つめる。よく見ると、土方も結構酒を呷ったのか切れ長な目元が僅かに上気して、表情にいつもと違う色が在った。

「おい、宗次。もう一杯」

更に注ごうとする原田に土方は笑い、宗次郎の手から杯を持ち上げる。

「左之、俺にくれ」

「おぅよ、もちろんだぜ歳さんよ」

肩を組まん勢いで身を寄せて、原田が土方の手の中にある杯に酒を満たした。

それを優雅な手つきで一口で呷ると、今度は杯を返し原田に一献注ぐ。

「あーっ、美味いな」

上機嫌でそれを飲み干すと、原田は徳利と杯とを持って永倉の方に歩み寄る。

次は永倉に絡み出した原田を見て、皆が声を上げて楽しそうに笑う。

「ずっと、こんな調子で飲んでたのですか?」

騒がしい部屋の中、土方の耳に口唇を寄せて宗次郎は問うた。

「結構な。…除けものにされて、怒ってるか?」

「いえ。ちっとも」

言って笑う宗次郎に、土方は自分の杯を手渡して酒を注いだ。

「土方さん…」

「今日くらい飲め。たまにゃあ良いだろうがよ」

「でも」

「倒れたら俺が介抱してやるよ」

微かに上気した目元を細めて土方が言う。

「そう言ってる土方さんも、結構酔っているのに」

「あぁ?酔っちゃいねぇよ」

「…もう」

くすくす笑いながら、それでも勧められるままに杯を空けた。

杯を土方に返し、酒を注ぎ足しながら宗次郎が口を開く。

「土方さん、さっき何処かへ行くのでは無かったのですか?」

「…もう寝ようかと思ってたんだよ」

「…じゃあ」

「良いんだ。…どうせこのままじゃあ後始末、新八だけがすることになっちまう」

言いながら部屋を見渡す。

この中で一番酔いが回っていないのは永倉だ。それは一目して分かる。

「お前も起きて来たしな」

「私が起きて来たら、どうして土方さんが寝れないんです?」

「…お守が必要だろう?」

意地悪い言葉とは裏腹に、土方の表情は優しい。

宗次郎は土方のその言葉に反論しようと口を開いたが、彼の表情を見て頬を不意に上気させる。

「…反論無しか」

土方の手の中で、もてあそばれている空の杯を奪うようにして手にすると宗次郎はそれに自分で酒を注ぎ一気に飲み干した。

途端に顔が真っ赤になり、少しだけ頭がくらくらする。

「おいっ、宗次」

「…子供じゃ、ありませんっ。もう、こうしてお酒だって飲めます」

言いながらもやはり酔いが回って来ているのか、心持ちふらつく上半身。

土方は肩に手を回して、自分の方に軽くよしかからせた。

「そうかい」

自然と頬に浮かぶのは苦笑。

「歳さん、あんまり宗次に飲ませるんじゃあねぇよ」

永倉が、原田に絡まれ酒を呷りつつも明るい声音で声を掛けて来る。

その言葉に反論しかけた時、障子が開く。

廊下で、眠たそうに目を擦りながら藤堂が立っていた。

「…何してんのさぁ。俺も混ぜてよー」

半分眠っているような表情の藤堂に山南が近寄り、原田に絡まれて動けない永倉の横へ促す。

まだ少し寝惚けている藤堂に笑いながら、其々次々と杯を空けていった。





それから数刻してから、朝に備えてと近藤と山南が席を立つ。

部屋に残ったのは原田、永倉、藤堂、土方、宗次郎の五人。

五人で暫く談笑しつつ杯を交し合った。

この五人で集まれば、笑い声が絶えることはまず無い。

しかし原田は気付いた時には、もう部屋の真ん中で横になり寝息を立てていた。

その原田を枕にして、藤堂もすやすやと寝入っているようだ。

「そろそろお開きにするか」

のんびりとした口調で永倉が言った。

空になったかなりの本数の徳利をまとめながら手際良く片付けを始める。

それを手伝おうとする土方を手で止めて、永倉はその肩を指差した。

「気持ち良さそうに寝てる。…取りあえずまとめるだけまとめて、片付けは明日にしようぜ」

「…朝、この調子でこいつら元旦参りなんて行けるのか」

土方の言葉に永倉は苦笑しながら頷く。

「さて…平助は俺が背負うとして、後はこのでかいのをどうするかだな」

「起こしちまえ」

「歳さんなら、容赦ないねぇ」

原田に凭れ掛かって寝ている藤堂の上半身を起こさせると、その瞳がゆっくりと開く。

「…あれ…」

「平助。寝るなら部屋でな。…起きてるか?」

「うん…結構」

目を擦りながら大きな欠伸をし、藤堂は背を一度伸ばした。

「左之、熟睡してるんだよ」

「…このまま置いておいたら風邪ひくよね」

「平助、俺と二人で左之を部屋に連れて行こうか」

「うん」

永倉と藤堂がそんなやり取りをして居るうちに、土方の肩によしかかってすうすうと寝息を立てていた宗次郎も瞳をゆっくりと開く。

「…ん…」

「宗次。起きたのか」

無言のまま頷きつつもいまいち合点のいかないような表情をする宗次郎の身体を土方は背負った。

「面倒臭ぇ。もう良いからお前は寝てろ」

軽々と宗次郎を背負い土方は立ち上がると、背に居るその身体に言う。

それを見て笑いながら永倉は原田の腕を肩に回させて上半身を起こした。

「ひどい言い様だなぁ」

永倉の言葉に頷きながら藤堂がその逆に回り原田の腕を方に回す。

「よいしょっ」

自分よりも身長の高い原田を、二人してまるで引きずるように部屋から連れ出した。

そんな風にされても一向に目を覚まさない原田を見、土方が言った。

「宗次を先に部屋に連れて行くから、暫く待ってろ。二人じゃあ大変そうだ」

「あぁ、平気だよ。左之には、放置されないだけありがたいと思ってもらうしかないね」

「…本当、幸せそうな顔して寝てるんだから」

当の本人の原田は、整ったその顔をいつもよりも赤くして熟睡している。

原田の酒癖は決して悪い訳ではない。

本当に自分も楽しく酒を飲み、周りにも自然とそうさせる力がある。

実際、いつも試衛館での宴を盛り上げてくれるのは他でもない、この原田だ。

「新八、それならすまねぇが左之と平助頼むぜ」

「俺はもう何とも無いってば」

藤堂が頬を大きく膨らませて言った。

「そうかよ。そいつはすまなかったな」

土方は藤堂の額を指で小突いてから皮肉りつつ笑顔を見せる。

「じゃあ歳さん、朝にな。…おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

身動ぎ一つせず眠っている宗次郎を一度抱え直して、土方は冷えた廊下を彼の部屋に向かって歩き出した。

廊下を包む風は、身を切られるのではと思うほどに冷えている。

「雪でも降りそうだな」

ひとり呟いて、僅かに軋む廊下を踏み締めた。









宗次郎の部屋の障子を静かに開き、敷かれている布団の傍にしゃがみ込んで背負っていた身体をそっと寝具の上に下ろす。

腕を持ったまま宗次郎の方に向き直り、肩を抱いて身体を横にさせようとした瞬間、閉じていた瞳がうっすらと開いた。

「…ひじかた、さん…?」

「何だ」

「…寒いですね」

「…そうだな。ちゃんと布団掛けて寝ろ」

言いつつ身体を床に付かせようとすると、宗次郎の指が土方の襟を握る。

そして、少し襟の開いた首元に顔を寄せた。

「土方さん、温かい」

そのまま眠りに付きそうになる宗次郎の肩を掴み何度か揺らす。

「おい、寝るなら布団で寝ろ」

「…そう…ですね」

「分かってるなら、この手ぇ離しやがれ」

襟を握る宗次郎の指を外そうとすると、その指に先程よりも更に少しだけ力を込めて来る。

「宗次」

「あったかいから……このまま…」

最後の方は寝息でほとんど聞き取れなかったが、土方は宗次郎の言葉にひとり笑った。

「…これのどこが子供じゃ無ぇって…宗次?」

すっかり向かい合うように座り、自分の胸にもたれ掛かって眠りに付いた宗次郎の背中を軽く叩く。

「ったく…これじゃあ本当にお守だな」

土方は腕の中で眠っている身体を抱えるようにして布団に寝かし付けた。

身体を離した瞬間、急に宗次郎の体温が無くなると改めて今晩の冷えを実感する。

離れた体温を求めるように、同じ布団に身を寄せた。

「…俺も大分酔ったか」

温かさに妙なほどにホッとしている自分を感じつつ、言い訳じみた言葉を口にする。

仰向けに寝かせた宗次郎が寝返りを打ち、土方と向かい合うような体勢を取る。

すっかり冷えてしまった布団の中に在る温もりを探してそっと身を寄せて来る身体に瞳を細めて、自分でも思い掛けないほど優しくその背を引き寄せていた。





「…おやすみ」

呟いて瞳を閉じると、伝わるその温もりに引き込まれるまでに時間は掛からなかった。









「……」

ゆっくりと瞳を開くと、その目の前にある宗次郎の寝顔に驚き一気に目を覚ました。

昨日の晩を思い出して頬に苦々しい笑みを浮かべる。

結局あのまま同じ布団に入って寝てしまったのだ。

穏やかな寝息を立てて気持ち良さそうに眠る宗次郎を起こさないようにと思いつつほんの少し身体を動かす。

「…」

規則正しい寝息を繰り返していた口唇からため息にも似た吐息が零れると、ゆっくり瞳が開いた。

ぼんやりと焦点が合うのを待つように、宗次郎が土方を見つめた。

「ひっ…土方さん?!」

反射的に身体を起こそうとするのを腕で抱きとめて、土方は苦笑する。

「何で、とは言わせないぜ」

言うと、宗次郎は微かに頬を赤らめた。

昨日のことを、覚えていない訳では無いらしい。

「すみません…あったかくて気持ち良くって…」

小さな声が返って来る。

「…良く寝れたのか」

土方の言葉に宗次郎がにっこりと微笑む。

「まぁ…俺も実際良く寝たしな」

「本当ですか」

「子供は体温が高いって言うしな。」

「…もうっ、土方さんは私が子供だと、そればかりだ」

「違うのか」

身をゆっくりと起こしながら土方が問うと、宗次郎は少し口唇を尖らせ拗ねたような表情をして見せ、それからまた楽しそうに瞳を細めて笑った。

布団の上に座り、多少乱れた襟を土方が直していると宗次郎は立ち上がり徐に障子を開く。



「土方さん、雪です!雪!」

開いた瞬間に、瞳に飛び込んで来たのは一面の銀世界。

冷え込むと思ったら、夜半にしんしんと雪が降ったようだった。

「積もってますね」

「随分と積もったな」

嬉しそうに廊下に出ようとするその背に声を掛けて一度振り向かせる。

「おい、そのまま出るな。風邪をひく」

「はぁい」

素直にそう返事をすると、宗次郎は素早く寝着から着替えた。

「部屋に居ろよ。俺も着替えて来る」

頷くその顔を確認してから部屋を出、土方は自室になっている間に向かった。







「土方さん、見て下さい」

部屋に居ろと言ったのにも関わらず、宗次郎は雪の積もった庭に出て雪遊びをしていた。

手の中にあるのは雪兎。きちんと耳も目も付けてある。

「部屋に居ろと言ったろうが」

羽織も何も羽織らずに庭に出ている宗次郎を廊下の傍まで手招きし、近付いて来たその身体の肩に土方は自分の羽織を掛けた。

「すみません」

微笑む宗次郎の手の中にある雪兎を一度手に取り、土方はそれを見つめる。

作るものがまるで子供だと思いながら、瞳を細めた。

そして廊下の端にそれを置き、宗次郎の手を取る。

「…真っ赤じゃねぇか」

両手で包み込むようにして、すっかり赤くなり冷え切った華奢な手に触れた。

「ふふ、あったかい」

「馬鹿。お前の手が冷たいんだよ」

「…土方さんが温かいんです」

庭から、廊下に立つ土方を見上げて宗次郎が闇色の瞳を細めて笑った。

「土方さん、新年おめでとうございます」

年が明けて新しい一年が始まったのだ。

一番にするべき挨拶を忘れていたと言って、宗次郎がまた笑う。

土方がその言葉に穏やかに微笑むのと同じ程に、廊下を永倉と原田と藤堂が歩いて来た。

「歳さん、宗次郎、新年おめでとう」

目尻を下げて永倉が笑いながら言った。人懐っこい笑顔が浮かんでいる。

「おぉ、明けたな。…左之、存外すっきりした顔をしてやがるな」

片頬を歪めるようにして土方が笑って言うと、原田は大きく口を横に開いてニッと笑顔を見せた。

「美味い酒を飲んだからなぁ」

「お前、新八と平助に部屋に連れられたの覚えてないだろう」

「何言ってんだ、歳さん。朝起きたら部屋だよ。覚えてるはずが無ぇ」

精悍な原田のその顔に浮かぶのは心底楽しそうな笑顔。

永倉がその原田の肩を叩いて言った。

「いや、ちょっとは覚えておけよ。大変だったんだぞ昨日。…なぁ、平助」

「そうだよ、よっぽど廊下に置いておこうかと思った」

「良かったな、左之。新八たちがもう少し薄情な男達だったら今頃お前冷たくなってたぞ」

「新年早々縁起でも無ぇこと言うもんじゃあ無ぇよ、歳さん」

ほんの少し情け無い顔をして頭を掻いて見せる原田の横で、藤堂が廊下に置かれた雪兎を見てにっこりと笑った。

「宗次、やっぱり雪を触ってた」

「しかし綺麗に積もったな」

藤堂と原田とが顔を合わせて言う。

「元旦参りに、風情があって良いだろう」

永倉の言葉に皆で頷きながら、ぞろぞろと廊下を近藤の部屋の方に歩いてゆく。

それに山南も井上も合流した。

部屋の傍まで来た所で、近藤の自室の障子が開く。

「声が聞こえたから来るだろうと思っていた。まず皆で新年の挨拶をしようか」

近藤を先頭に、道場へ向かった。

冷え切った道場の床を踏み、神棚に向かって並び座礼する。

それから近藤と他の七人が向かい合って座る。

「皆、新年明けましておめでとう」

近藤の頬に笑窪が浮かび、その少々厳つい表情を和らげた。

「今年もまた皆で様々な方面にわたって修行し精進してゆこう。一年よろしく頼む」

全員で互いに挨拶をし合う。

皆の顔に浮かぶのは笑顔。

「さぁ、では皆で元旦参りとゆこうか」

「待ってました!」

近藤の言葉に、言うが早いか立ち上がるのは原田。

彼は、性格上かこういったことが大好きなのだ。

「早く行こう」

一緒になって急かすのは藤堂。

その二人の勢いのままに皆で道場を後にし、雪の積もった道を歩く。

「まだ誰も歩いてない雪道を歩くのは爽快だなっ」

言いながら早足で原田と藤堂と永倉と宗次郎が雪道を歩いていく。

次第にその足取りは速くなり、最後には並んで走り始める。

「負けねぇっ」

「待てって、左之」

躍起になって競争する四人の後ろを近藤ら四人がゆっくりと追う。

じゃれるようにして駆ける後姿に、後ろを歩く四人は苦笑を浮かべている。

豪快に転ぶ原田を三人で助け起こすその様子を見て近藤が口を開いた。

「楽しむのは良いが怪我はするなよ、お前達」

四人は一緒に振り返り、後ろを歩いて来る一行が追い付くのを立ち止まって待つ。

試衛館の八人が一塊になってから、また再び歩き始めた。

「早く行こうぜー、近藤さん」

「そんなに急がんでも神社は逃げんさ」

「神社、混むだろうな」

そんな原田と近藤、永倉のやり取りを聞きながら土方は宗次郎に声を掛けた。



「おい、宗次」

「…何ですか?」

ゆっくりと歩く土方に肩を並べて宗次郎も歩き、顔を振り仰ぐ。

僅かに他の六人よりもその距離が離れる。

「お前、何お願いするんだ」

「えっと…剣が強くなるようにと、皆が元気で居られるようにと…」

「いくつ頼む気だよ」

「まだありますよ」

「…何でぇ」

問い掛けてくる土方に、宗次郎は小首を傾げて笑って見せると明るい声音で言った。

「あとひとつは秘密です」

「何だ、それ」

「秘密は秘密です」

「…そうかよ」









「心の中で一生懸命にお願いして、叶えてもらうんです」





どうしても、叶えて欲しいことだから。

言わずにいようと、今は思う。





変わらずに、居られるように。

こんな風な日々が、本当に愛しいと思うから。

この始まりの場所が無くなることが無いように。

祈るのだ。







「きっと、叶いますよ」





この場所を失くしたくないという、この気持ち。

きっと、持っているのは自分だけではないはずだから。





「土方さんは、何をお願いするんです?」

「俺か?」







これからも、こうしてこの皆と肩を並べて歩けますように。

この人と、居られますように。

何か変わっても、変わらないものはきっとあるでしょう?








「…俺は、な」







この始まりの日に、貴方と祈る同じことがあったなら。

それは、叶う予感がする。





「--------俺も、秘密だ」

切れ長の、端正な目元を穏やかに細めて土方が微笑う。





「どうしても叶えたいことは心の中で願うんだろう?」



土方の言葉に、返って来るのは宗次郎の明るい笑顔。





「土方さんのお願いも、皆のお願いもきっと叶います」







祈ることは至極簡単なこと。

祈るだけで叶うなんて、思ってはいないけれど。

それでも、真っ直ぐ前を向いてゆけばきっと願いは手に届くから。

願いを叶えるのは、いつだって自分の力。









「また、来年も皆でお参りに行きましょうね」

「あぁ…そうだな」









「歳さん、宗次!早く行こうぜっ」

原田が振り返って二人を手招きする。

前を行く者たちも振り返って一瞬歩みを止める。

宗次郎は、そっと手を伸ばして土方の手を取った。

「…宗次?」

「行きましょう、土方さん」

土方の手を握り締めて引っ張るように走り出す。

「まるでガキだな」

苦笑し言いながらも、自分の手を引く宗次郎の手をゆっくりと握り返す。

宗次郎は土方を仰ぎ見て、嬉しそうに笑うと更にその手を握り締めて。





「…子供だと言うなら、その私が迷わず歩けるようにこの手を引いて欲しい」

「--------言うじゃねぇか」

口唇の端を上げて土方が笑った。

腕を引いて身体を軽く引き寄せると、宗次郎の肩に手を回し小走りに駆け出す。







「行くぜ」









雪の降り積もった道に、二人の足跡が真っ直ぐに並んで続いた。



















土沖








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