夢より近くで
深く眠る 小さな鼓動
深く眠る 小さな希望
夢 よ り 近 く で 「--------」
沈黙が、重い。
俯く総司を、じっと見つめる。
ゆっくりと顔を上げた総司の頬には、微笑みが浮かび。
その微笑が、俺の胸を打つ。
「土方さん」
漆黒の瞳が真っ直ぐに俺を見つめた。
「…待ってます」
瞳を、細めて。総司が、微笑う。
最期の約束に。
こんなになってまで。最期まで、微笑って俺を見る。
例え、言葉には出さずとも。
全身で、言っていた。
“一緒に”と。ただ、それだけを。
そう、感じていたのは俺の勝手な思い違いではないだろう?
“連れて行って”
その言葉さえも、そのすっかり細くなってしまった身体の奥の奥に押し込んで。
お前の笑顔が、痛い。
「ずっと…待っています」
苦しいと、辛いと、寂しいと。
もしかしたら、そう言ってくれた方が楽かも知れないと思った。
…俺も、お前も。
なのにお前は、そんな風に笑って見せて。
千切れそうな心を抱いて、最期の時を静かに迎える。
「そろそろ、行く」
立ち上がる俺を、総司が見上げた。
視線が、絡む。
俺の視線の先には、失くしたくないと願ってやまなかったあの笑顔。
「…お気を付けて」
「…総司…」
微かに潤んだ瞳。
「行ってらっしゃい、土方さん」
それ以外は、いつもと同じように。
今までと、同じように。
同じ笑顔で、同じ口調で。
「あぁ…行って来る」
せめて笑顔で。微笑んで、見つめ合う。
口唇を噛み締めて、踵を返し。
振り返れば、あるのだろうあの綺麗な微笑を焼き付けて。
絶対に振り返ってはいけないと、そう思った。
お前は、呼んではいけないと。きっと、そう思って。
一歩、踏み出す。
「土方さん」
静か過ぎる、お前の声。
大仰なほどに肩を揺らして、俺は立ち止まった。
振り返ってはいけないと、振り返るなと決めたではないか。
そう、心の中で己を叱咤しながら。
ゆっくりと振り返る。
思っていた通りの、あの唯一失くしたくないと思っていたあの微笑が見上げていた。
「貴方はひとりじゃない」
「傍に、居るから」
自然とわななく口唇を噛み締めた。
「いつだってお前を感じている」
背中越しに感じる、総司の命の鼓動に耳を澄ましながら俺はもう二度と振り返らずに行った。
------------ただ、振り返る事が出来ずに。
心乾いて 涙枯れて
この 場所へ
「……」
ぼんやりと、瞳を開く。
部屋の中に柔らかく射す日差しに、瞳を細めた。
「…夢…」
呟いて、自分が夢を見ていたのだとやっと思い返す。
肩を揺らし、声も無く笑った。
「昼間っから居眠りするほど…まだ疲れちゃあいねぇだろうがよ」
独り言を。
部屋の外から、声がする。
「土方副長、市村です」
市村の声。
副長、と。その言葉に一瞬笑う。
市村も、島田も、まだ俺の事をそんな言う風に呼ぶ。
これ以外で、もう呼べないのだと。
言い張る島田の姿が浮かんだ。
「入れ」
失礼しますと言う声と共に襖が開き、市村が入って来る。
笑顔の誰かを、思い出した。
総司に似ているからと特別に採用した彼は、ひたすらに蝦夷まで付いて来た。
その顔に、アイツの面影が重なって俺は心中苦笑する。
--------似てませんよ。
苦笑しながら、総司はそう言っていたけれど。
「江戸へ帰られた松本先生から、書状が届きました」
そう言って差し出された書状を受け取る。
「ご苦労だったな、戻っていいぞ」
瞳を少し細めて笑い、市村は出て行った。
その背中を見送ってから、書状を開く。
久しぶりに見る松本先生の手は、珍しく少し荒れているように見えた。
よっぽど急いで書いたのか、それとも。
目を通して、その書状の丁度真ん中辺り。
俺は、息を止めた。
「…ッ」
一体、何だ。何を、言っている。
「5月…晦日の夕刻…」
声を、絞り出す。
後に続く言葉は無く、その後の文ももうこの瞳は文字の上をただ滑るだけで。
---------沖田宗次郎殿死去なされ候。
知らず、この手は書状を握り締めていた。
「……」
約束を、交わしたあの時。
お前の笑顔を食い入るように見つめながら。
別れのあの時、痛いほどに分かっていたはずなのに。
土方さん
蘇って来る記憶は、あの笑顔。ただただ鮮やかで。
それとは裏腹に。
死んでしまったのだと。
たった、独りで。
独りにして、死なせてしまった。
もうどこにも居ないのだ。
どんなに耳を澄ましても、お前の鼓動が聞こえない。
…もう、居ない。
「-------総司」
--------果たして 幸せ だった だろうか
悲しまないで 苦しまないで 逝けた だろうか
最後に 何を 思った だろうか
最期に 誰を 想った だろうか
もう、知るすべはないけれど
「あぁ…そうか…」
--------夢 デハ ナカッタ--------
呟きと共に、頬をただ一筋。
渇き切ったはずの瞳から一滴。
その頬には、笑みすら浮かんで。
「…総司お前…」
「さっき…来たな…?」
せめて、俺であったならと願ってもお前は
微笑ってくれるだろうか…?
貴方は ひとりじゃない
傍に、居るから
そうだ。
「…誰よりも傍に在るんだったな」
忘れないから。
終
土沖