眠りに寄せて
もっと、甘えてください。
貴方の本当の顔を見せて。
怒っている顔も、
疲れている顔も。
本当は優しい、その笑顔も。
眠 り に よ せ て 「土方さん、入りますよー」
部屋の主に、声を掛ける。…が、返事はなく。
「土方さん…?」
もう一度、呼び掛けて。
出掛けてはいないはずなのに、と思いながら。
ゆっくりと、襖を開ける。
「……」
部屋の主は、文机の前に横になっていた。
総司は微笑んで、そぉっと足音を立てないように近付いて、土方の顔を覗き込んだ。
「疲れてるんですね、土方さん」
そう言いながら、総司は土方のすぐ傍に正座する。
風邪を引いたらいけないと、何か掛けるものを持って来ようと立ち上がる…はずだった。
「ぅわ…っ」
突然腕を引かれて、倒れ掛かった身体を土方の腕が抱きとめる。
チラリと土方の方に瞳をやると、彼は意地悪そうな笑みを浮かべて。
総司の身体を抱き締める。
「…起きてたんですか?」
クスクス笑って言った。
「ぬかせ。気付いてたクセに」
その言葉に、総司はニッコリと微笑む。
「お疲れのようですね…少し休んだらどうです?」
柔らかく土方の腕を外して、総司は起き上がった。
また、さっきのように正座して、土方の髪の毛に指を遊ばせる。
「そう言う訳にもいかねぇんだよ」
土方のそんな人柄を知っているだけに、総司は苦笑した。
「身体を壊してしまいますよ。お願いですから少しだけでも休んで下さい」
瞳だけを総司の方に向けて、土方は笑う。
「お願い、か」
「えぇ、お願いです」
「……」
土方は寝返りを打って、そのまま総司の膝に頭を乗せた。
「土方さん…」
「少し休む。…しばらく貸してくれ」
背を向けて、そう言う。
きっと、照れた表情をしているのだろうと思って、総司は一人笑う。
「…何笑ってやがる」
「いえ、土方さんがこうして甘えてくれるのが嬉しくて」
総司のその言葉に、土方も笑って。
「足、痺れても知らねぇからな」
「平気ですよ」
----------------優しいんだから。
総司は大きな背中を見て微笑んだ。
「何も気にしないで、今は休んで下さい」
膝に掛かる、彼の重さが妙に心地好い。
「…総司」
「何です…?」
土方の掌が、総司の膝頭をそっと包む。
「俺は、変わったか」
京に来て。
人間ではないと言われ。鬼と言われ。
本当の、自分を殺して。
総司は今の土方の言葉に彼の苦悩の全てを見た気がして瞳を閉じる。
そして、そっと上半身を倒して土方の肩の辺りに頬を寄せた。
「…変わってませんよ。土方さんは土方さんです」
こんなにも、優しい人。
「貴方は貴方のままです…」
守りたい。
貴方が、私を守ってくれるように。
上半身を起こして、総司は土方の背中を見つめた。
たくさんのものを背負った大きな背中。
自分を守り、いつも包んでくれる広い背中。
慈しむように、総司はそっとその愛しい背中を、腕を撫でる。
「辛い時は辛いって…言って下さいね、土方さん…」
何も出来ないかもしれないけど。
せめてこうして傍にいるから。
返事はないけれど。
まだ眠りに落ちてはいないだろう貴方に。
私の願いを。
いつだって傍で貴方を見ていたいから。
貴方の在りのままを。
飾らない貴方を。
守らせて下さい。
貴方のその笑顔が、私の前から消えることがありませんように。
「…おやすみなさい」
終
土沖