刻
優しい嘘を。最期に。
刻 「…総司」
貴方が、ゆっくりと口を開く。
----------言わないで。
土方さん。まだ。
そんな心とは裏腹に。
「そんなに思いつめた顔しないで…」
微笑んで。
「何をためらうんです。…話して下さい」
遂に、来たのですね。
------------あぁ。
耳を ふさいでも
砂時計の 砂が 落ちる音 が 聞こえてくる
「…江戸を離れることになった」
その言葉を、聞かなければいけない日が。
「俺たちは北へ往く」
貴方の声が遠い。
「…北----------遠いですね」
気が 狂いそうに なるまで
どれだけ 祈っても 祈っても
時間は 止まることを 知らずに 流れて いく
「土方さん…」
----------言うな。
土方さんと 一緒に 行きたい。
「…総司…聞いてくれ」
……分かっているのだ。
わたしの本心は 貴方を困らせる。
「蝦夷は土地も良いし空気も美味いらしい…だが…北の冬はいけねぇ。
京や江戸とは比べ物にならない寒さだと聞いた」
ねぇ、そうでしょう。
「お前のその病…身体を冷やすのは良くねぇ----------そうだ分かってる。
でもな、本当の事言うと俺の頭ん中、思ってるのはひとつだったんだ」
一緒に。連れて行って。
わたしだけ を のこして 静かに 流れて 流れて …
わたし は どこへ ゆくのだろう…?
「“お前を連れて行きたい”“どうすれば連れて行ける”…可笑しいだろう、
お前を離したくなくて、それしか考えてなかった…俺の勝手な思いだけで」
------------一緒に...?
「すまない…総司」
まだ、願ってくれていたのですか。貴方も。
一緒に行きたい。
共に生きたい。
離れたくないと。
--------------願わくば。
「そんなにも思ってくれていたなんて----------それだけでもう、十分です」
土方さん。
離れたくないけれど。
もうこの身体では貴方の邪魔になるだけだから。
こんな身体は、もう置いて行って。
「総司」
だからせめて。
「戦が終わったら、すぐに迎えに来る」
貴方の大きな手が、わたしの頬に触れる。
温かいですね。
離したくないのに。
「だからそれまで待っていてくれ…生きて、俺を待て」
叶わない、約束を。
最期の、約束を。
最期の、嘘を。
互いに、痛いほどに分かっているけれど。
それでも。
「名前を…呼んで下さい」
ねぇ土方さん。
呼んで。
「…総司」
穏やかな声。
思わず、抱き付いた。
貴方の力強い腕が抱き返してくれる。
----------貴方のその声も呼吸も髪も顔も腕も肌も指先まですべて。
わたしのからだに焼き付けておくから。
土方さん。
忘れないで。
もしも
わたしも 流れて 流れて ゆくのならば
「…待ってます」
せめて。
付いて行ってもいいですか。
心だけでも。
こんな身体は、ここで。
たとえ、朽ちてしまっても。
「ずっと、待っています」
--------------生きて?
優しい、最期の嘘に。
微笑って、最期の強がりを。
祈りましょう。
辿り着く 場所が 貴方のもとで あるようにと。
終
土沖