泡沫の祈り






呼吸を確かめる、

くせがついた。





泡沫の





大切なものを失って、

それを忘れずにいる痛みと、

それを忘れていく痛みと、


どちらが辛いのだろうと時々思う。






この世で一番俺が恐れることは。

それ以外に、この世の中には恐れるものなど何もなくて。

ただ、いつか来るかもしれないその日だけを、

俺はこんなにも恐れている。








夢を見る。

酷く嫌な、夢を。




呼び慣れた名前を、喉が引き攣れるほどに叫ぶ。

駆け出す脚は、思いについていけずにおかしいほどもつれて。

ようやっと傍に行けた俺は、血の海に沈んでぴくりとも動かない身体を抱き上げる。

薄らと開いた瞼の下にある瞳が、俺を見て。

それから笑うのだ。

いつものあの笑顔で。

閉じそうになる瞼の邪魔をするのに、必死に身体を揺さぶる。

けれど、思いとは裏腹に、俺の大好きな翡翠色の綺麗な瞳は瞼の奥に消えて。


そうして、俺の大切なひとは 俺の腕の中で 息絶える。











「お前は無力だよ」


「お前にはこの世の何ひとつ、守れる力なんてないんだ」



「お前は、何ひとつ 守れはしないんだ」



「ほら、よく見ろ」




知らない男の声に促されるままに見る視線の先には、

俺の腕の中で、少しも動かなくなってしまった総司の身体。

白過ぎる頬の色。

額に掛かる、淡い栗色の髪。

禍々しいまでの色彩に、眩暈がする。








「 お 前 の 一 番 大 切 な も の さ え 、 お 前は 守 れ な か っ た じ ゃ な い か 」










「--------…ッ!」


夢を見る。

酷く重苦しくて、苦痛ばかりが残る夢を。


あぁ。

…またこの夢だ。



日付が変わったばかりの夜の闇の中、布団から跳ね起きた。

掌を当てた額には、じわりと汗が滲んでた。

乱れた呼吸を鎮めさせながら、ゆっくりと横を見る。

ゆっくりと耳を口元に近付けて、総司の吐き出す呼吸を聞く。


…呼吸を、確かめるくせがついた。



少し身体を丸めるようにして、すやすやと眠る総司の姿。

……起こしてしまわなくて良かった。

細く、長く、深いため息をつく。


昨日も、生き抜けた。

この、愛しいひとと共に。

今、俺は生きている。

そして総司も。

生きている。

共に。今日も。

此処に帰って来れた。

そんな小さなことに、こんなにも安堵する弱い己など今まで知らなかった。



…今日のことだって解りはしないのに。

明日は? などと、愚かなことを考える。

この愛しいひとと、明日も明後日もその先も。



ただ こんな風に 時を 過ごしたいだけなのだ。



枕に頬を寄せ、穏やかな表情で眠る総司にそっと手を伸ばす。

頬に触れようとして、…直前で伸ばした手を握り締める。



総司、

代わりのように、声に出さず呟いた。







ある晩、総司が負傷して帰隊したことがあった。

斬り合いになったところに飛び出して来た子供を庇い、浪士に斬られたのだと一番組の隊士から後で聞いた。

命に係わるような大きな怪我ではなかったし、養生しろと言われて大人しく聞き分ける総司ではなかったから、またすぐに隊務に彼は就いたけれど。

それでも決して傷は浅くはなかった。

その傷を見てからと言うもの。



夜な夜な、夢を見るのだ。









守りたい、なんて大層なことは言えはしない。

誰よりも傍に居て、そして守り抜けたならと、願う気持ちは嘘じゃない。

けれど、解っている。


守っているようで、守られているのは本当は この俺だと言うことを。



お前が居るから、俺は強く在ろうと思い続けることが出来て。

お前が居たから、俺はここまで歩いて来れたのだと。

お前が居たからこそ、こうして前を見続けていられるのだと。





「…喪いたくない、だけなのだ」





総司。

俺はお前が思うほど、強い男じゃない。

お前は、俺が隠し持ってる弱さを知ってくせに知らないふりをして、自分の弱さを隠すように強がりながらも俺の腕に抱かれ続けている。

お前は、俺の弱ささえも知ってるはずなのに。

なのに。



「君は、強い男だから」



あんな笑顔でそう言うお前は、

何よりも残酷で、卑怯で、


綺麗だと 思った。





総司。

勝手だと言われても構わない。


それでも、俺は。



ずっと、この腕でお前を抱き締めたかったのだ。

ずっと、ずっと傍に居たかったのだ。



お前の隣に立ち、お前と共にいつも在りたかったのだ。

剣だけが全てだと言う不器用なお前が、一番輝く姿を、誰よりも一番傍で見ていたかったのだ。

あの血の海の中、命を感じ合いたかったのだ。










「…ん、…」

小さな吐息を付いて、総司が寝返りを打つ。

それに過剰に肩を揺らし、横を見た。

瞼が震え、薄らと瞳が開く。

「…はじめ、くん…?」

「どうした?…怖い夢でも、見たか?」

今度は躊躇わず総司に手を伸ばしさらり、額から前髪にそって掌を滑らせる。

それから頬を包み込んだ。

言葉に総司は、否定も肯定もしなかった。

すり、と頬に伸ばした掌に頬擦りする総司の額に口唇を落とす。

じっと見上げて来る総司に微笑んで、その横に身体を横たえた。

頬に額を寄せてくる総司の身体に柔らかく腕を回し、抱き寄せた。

合わせた胸から総司の鼓動が聞こえてきて、そっとそれに耳を澄ます。

「寝よう」

こくり、小さく頷いた総司の頭にもう一度口付けをして、瞳を閉じた。

笑われてもいい、この体温だけが俺を安堵させてくれる。

「大丈夫だ、…何も心配ない」

自嘲した。

…まるで自分に言い聞かせてるようだったから。

けれど、総司が再び小さく頷いて、身を寄せて来て。

嗚呼。

何度こうして、触れるやさしい体温にすくわれただろうか。










夢を見た。

夢だった。



「……総司」


希望の先には、何が在る?

絶望の先には、一体何が?


叶えたい願いを人は 希望と言う。

叶えたくない願いを人は 何と名付ける?


別離の後には、何が遺る?

忘却の淵にも、お前は居る?




絶望の淵、あの光景を見るのは 夢の世界だけでいいと、

俺は願った。





「…好きだ」



低く囁けば、眠りに落ちたはずの総司が肩口に頬を擦り寄せて、小さく微笑った。

胸が、あたたかくなる。

愛しいと、想う。

胸が、痛くなる。

失くしたくないと、想う。







どうか、教えて欲しい。




毎晩見るこの夢を、




ただの夢 で 在り続けさせる為の力を得る術を。
















斎沖



叶えたい願いを
人は希望と言う。
祈りと言う。

ならば、
叶えたくない祈りを、
…人は何と
名付けるのだろう?





壱万打企画。

[斎沖設定]

切なくほろ苦い中にも、控えめな甘さのある話。

ということで、リクエストは冰さまから。

控えめな甘さも見えない話ですが、

どうぞお納めくださいませ。

リクエストありがとうございました。






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