恋偲ぶ



気が付けば彼を目で追っていた。

嬉しそうな笑顔を見ると自分も嬉しくなり、悲しげな顔を見るとやはり自分も悲しくなった。

いつから好きになったのかは分からないが、ずっとこのまま彼を見守れればそれで良かった。

彼が自分ではない誰かを好いていようとも、傍で笑ってさえくれていればそれで充分だった。

だが、想いとは募れば募るほど膨らんでいくものだ。

次第に貪欲になり欲深くなっていく。

そんな自分を抑えきれなかった。

彼に想いを告げたい、手に入れたいと願わずにはいられなかった。





恋偲ぶ




雲一つない晴天に恵まれたその日。

市中巡察から戻ってきた斎藤は報告をするため、副長室の前に来ていたのだが、なかなか障子戸を開けられずにいた。

理由は中から聞こえてくる土方と沖田の話し声のせいだ。

相変わらず沖田は土方の仕事の邪魔をしているのか、土方の怒鳴り声と沖田の笑い声が外まで響き渡っている。

しかし、その言葉のやりとりの中に険悪といったものは含まれていない。

きっと、二人にとって挨拶のようなものなのだろう。

それがひどく羨ましく感じた。

自分と沖田の間にもこういったやりとりがあったのなら、今以上に傍にいれたのだろうか。

それとも、もっと出会いが早ければ自分と沖田の関係は変わっていただろうか。

(……)

こんな虚しいことを考えていても詮なきことだと分かってはいたが、考えずにはいられなかった。

(総司…)

斎藤は沖田の名を心の中で愛しげに紡ぐと、口を開いた。

「副長、斎藤です。報告に参りました」

「…ああ、入れ」

土方の声を合図に、「失礼致します」と告げた斎藤は、障子戸に手をかけ中に入った。

だが、瞳に飛び込んできた土方と沖田の仲睦まじい姿にズキリと胸が痛んだ。

「……」

焦りを見せまいと平静を装うが、内心は激しい動揺と土方に対する嫉妬心でいっぱいだった。

この場から逃げ出してしまいたかったが、溢れ出す感情を何とか堪え二人から少し離れた場所に腰を下ろすと、淡々とした口調で巡察の報告を告げた。

「本日も異常はありませんでした。町は至って平穏な様子です」

「そうか、ご苦労だったな」

「…いえ」

二人と目を合わせずに短く返事をした斎藤は、もうここに用はないとばかりに立ち上がろうとするが、「あ…ねえ、一君」と沖田に呼び止められてしまい、しばらく留まることになってしまった。

「……何だ?」

「さっき、近藤さんからお団子貰ったんだけど、一君も一緒に食べない?三人分のお茶持って来るから…どうかな?」

「……、」

残酷な言葉だった。

自分の気持ちを知らないのだから仕方がないと分かってはいるが、沖田の無邪気さが少しだけ憎いと感じた。

好いている相手とその恋人である土方を前に団子など食べられるわけがない。

「……、これから三番組の稽古をつける予定になっている。せっかくだが遠慮しておく」

冷静な声でそう言い放つと挨拶もそこそこに立ち上がり、まるで二人を拒絶するかのように背を向けた。

「…一君……?」

気の効いた言葉をかけるべきなのだろうが、今の斎藤にはそんな余裕はどこにもない。

あるのは黒く渦巻く嫉妬だけだ。

心の中で「すまない」と告げると、無言のまま副長室を後にした。











あれから、二週間。

斎藤は、隊務以外で極力二人に近付こうとしなかった。

事務的なことしか話していないことに罪悪感はあるものの、やはり二人を前にすると平常心ではいられない。

土方から沖田を奪ってしまいたい、自分のものにしてしまいたいという欲が出てきてしまうのだ。

だから、避けた。

避け続けた。

そうすれば、いずれこの想いも薄れていくはずだと思ったから。

(……、…)

物思いに更けながら、小さく息をつくと、奥の方から部屋に向かってくる足音に気が付いた。

誰だろうか、と考えていると聞き慣れた声が耳に入ってきた。

「一君…っ!」

そして、勢いよく障子戸が開け放たる。

斎藤は驚きを隠しきれずにそちらに視線を向ければ、そこには沖田が不機嫌な顔丸出しで立っていた。

「そ、総司…」

沖田はズンズンと斎藤の傍までやってくると、斎藤を見下ろしながら憤慨した様子で口を開いた。

「ねぇ、一君……僕のこと避けてるでしょ?」

「……」

「どうして避けるの?」

「……」

「今までこんなことなかったよね?急にどうしたの?」

「……、」

「ねぇ、答えてよ!どうして、僕と目を合わせてくれないのさ…!」

そう言いながら、その場にしゃがみこむと斎藤の肩に手を置き、ゆさゆさと揺さぶる。

「ちゃんと…ちゃんと僕の目、見てよ!一君っ!」

「っ……、総司…」

その言葉にピクリと反応した斎藤は、伏せていた目を上げると、翡翠の瞳と視線が交わった。

「…ねぇ、どうして?……どうして避けるの?」

「……そ、それは…」

「……」

言い留まる斎藤を見つめながら息をつくと、沖田はこう問いかけた。

「もしかして、僕のこと……嫌いになった?」

「っ、いや……違う…。嫌いになどなっていない…」

「じゃあ、どうして…?嫌いじゃないなら、どうして避けるの?」

「………」

言えなかった。

この想いを告げてしまえば楽になると分かっていたが、今の自分と沖田の関係が壊れてしまうと思うと…。

言えるわけがなかった。

だが――。

「っ……」

不意に二週間前の土方と沖田の仲睦まじい姿が脳裏を過った。

忘れようとしていた記憶が次から次へと頭の中に流れ込んでくる。

忘れたいのに、見なかったことにしたいのに嫌なことばかりが甦ってくる。

途端、自分の中で何かが音を立ててボロボロと崩れていった。

おそらく、これは自制心だ。

土方と沖田のことを思い出したせいで、抑制していた心の箍が外れてしまったのだろう。

どこか他人事のように考えながら、沖田の身体を畳に押し倒した。

「――っ!?」

斎藤は馬乗りのような体勢になり、沖田を逃がすまいと手首を掴み身動きを取れなくさせる。

「……は、はじめ…くん…?」

「………」

いきなりのことに戸惑っている沖田を冷ややかな瞳で見下ろしながら、そっと口を開いた。

「……総司…、」

「…?」

「………、好きだ…」

「っ…!?」

「好きだ…。総司……あんたのことが……、好きだ…」

「は……じ、め…く…」

真剣な表情でそう告げられたことに、沖田は驚きを露にした。

目を見張り、目の前の斎藤を凝視する。

まさか、斎藤が自分に想いを寄せていたなんて考えたこともなかったため、慌ててしまう。

けれども、すぐに気を取り直して口を開こうとした。

だが、斎藤の寂しげで苦しそうな表情を目にした瞬間、唇が震えて声が上手く出せなくなった。

斎藤の気持ちには答えられないと言わなければいけないのに、言えなかったのだ。

そんな沖田を見つめながら、優しく名を呼ぶと手首を掴んでいた手を離し、その身体を包み込むように抱き締めた。

「…あんたと、副長の仲は知っている……」

「……っ」

「それでも、あんたに伝えたかった…。すまない…」

そう言うと、斎藤は腕の力を強めて、先程よりもきつく抱き締めた。

「今だけでいい…。今だけ……あんたに触れることを許してほしい…」

「…一君……っ」

その言葉に沖田は涙を流した。

ひどく切なくて、胸が締め付けられているように痛くて、苦しくて…。

でも、それでも斎藤の気持ちには答えられなかった。

だって、自分は土方のことが好きだから。

沖田は頬を涙で濡らしながら、斎藤の背中に腕を回すと「ごめんね…」と小さく呟いた。

「……ごめん、一君…」

震える沖田の声に斎藤はそっと目を閉じた。

そして、きつく唇を噛み締める。

分かっていた。

沖田が土方を選ぶことは分かっていた。

けれど、真正面から告げられると苦しくて仕方ない。

(………っ)

それでも…。

それでも、今だけは…。

着物越しに伝わってくるこの愛しい温もりは、自分のものだ。

(…好きだ……、総司……)

そう心の中で呟きながら、斎藤はきつくきつく沖田を抱き締めた。








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