晴れすぎた空 8





堅く閉ざされた月真院の門を見上げ、横の通用口を通って中に入る。

小奇麗にされた小さな庭に佇む影を見つけるのと同時に、その影も小さく動いた。



「出ていたのか」

「…あぁ」

声を掛けて来たのは、藤堂だ。

何をしていた訳でもないのだろう。

静かにひとり、庭で佇んでいた藤堂に言い様のない翳を見て、斎藤はそっと眉を寄せた。

「そんなに険しい顔をするなよ。…俺は、お前が出かけても何も思わないから」

そんな訳ではなかったのだが、と斎藤は思いながら、口を開いた。

「…清水の辺りで、永倉さんに会った」

「そうか。…元気そうだったか?」

「変わらぬ様子だった」

「…そうか、良かったよ」

斎藤から瞳を逸らし、藤堂は静かに笑う。

それから、庭の小さな池に瞳をやり、咲いた蓮に視線を留めた。



「…綺麗だよな」

藤堂の視線と声に促されて、斎藤も蓮に瞳を向ける。

「此処に来てからは時間の流れがゆっくりで、…こんな風に花を綺麗だと思えるような余裕が出来ていることが、俺は不思議なんだ」

池の端にしゃがみ込んで蓮に手を伸ばし、花にそっと触れて。

「…総司なら、屯所に居ても花の綺麗さに気付いて、いつも笑ってたけどな」

笑って見上げて来る藤堂に、返せる言葉を見つけられず押し黙っていると、藤堂は瞳を揺らして斎藤を見た。

「そうだ、新八さんに会ったんだろ、…総司のこと何か言ってたか?」

藤堂は試衛館からの同志で、総司と斎藤とは同い年である。

試衛館の頃、総司と藤堂が仲良くしている様を、斎藤もよく見かけていた。

だからこそ、藤堂の総司への心配は友として当然のものだろう。

けれど、永倉に会って聞いた話は、出来ることならば離れた友を心配する藤堂には聞かせたくないものだった。

思案し、押し黙っていると藤堂が眉を寄せて険しい顔をする。



「良くないのか?」

「…そうらしい」

短く告げると、それだけで藤堂は悟ったような表情を浮かべて、辛そうな表情を頬に浮かべた。



「…どうして総司ばかり、苦しい目に遭うんだ」

言って掌をきつく握り締める藤堂の想いは、痛いほどに伝わって来る。

藤堂は、友思いの熱い男だ。

まして同年である総司のことを思えば、殊更心が痛むのだろう。

「どうして、総司なんだ」

低く呟くと、藤堂は腰を上げて斎藤を見つめた。

心底苦しそうな、辛そうな顔をしている藤堂を見返しながら、斎藤は思う。

この男は、一体どんな思いで新撰組を離隊したのだろう、と。

いくら思案してもそれは斎藤には分からなかったが、あの日に至るまで酷く心を痛める日々を送っていただろうことだけは分かるのだ。

「…斎藤も、心配だろう」

掛けられた声は、労わるような声。



「お前は、いつも総司の傍に居たから」



まるで己のことのように心を痛める、この青年は、心根の優しい人間なのだろう。

友のため、ここまで心を痛めることが出来るのだ。

では、己は、どうなのだろう?

思って、離れた彼の人を思い描く。

友と言えば友であろう。

しかし。己が胸の内に抱く感情は、もっと歪んでいるものだ。

----------大切だと、想う根本は変わらないのだけれど。



「だからお前が、俺たちについてくるとは思わなかったよ」

藤堂の声は、ただ朗らかだ。

疑いなど、含んでいないそんな。

何故、此処に来たか、など。

藤堂は、決して問わないのだ。

ただ、此処に共に来た己を疑わず。

------------否。

疑おうとせず、受け入れようとしている。

「…馴れ合いは、好かぬ」

言った言葉に、嘘はない。

…けれど。

「馴れ合い?…お前が総司と居たことも、馴れ合いだとは言わないだろう?」

真直ぐ過ぎる藤堂の想いが、胸を突く。

「…正直、よく分からぬのだ」

「分からない?」

「あの場所は、…居心地が良過ぎた。そのうち、此処は本当に俺の居場所なのかと、己に問うようになっていた」



言葉だけで、同志だなどと一括りにしない彼らが。

そんな彼らが作り上げた場所が。

心地良い、と。

人と馴れることなど出来ないと思っていた己が。

其処に果たして、居て良いものなのかという思いは少なからずあった。

けれどそこで、見つけてしまったのだ。

共に傍に在って、触れたいと、想うものを。



「いいじゃないか、そんな場所があっても」

応えは、酷く穏やかだ。

「斎藤、まだお前、ひとりだなんて思ってないよな?」

「…藤堂」

「お前は、俺の大切な友だ」



嗚呼。

この男は、酷く純粋なのだ。

純粋過ぎるのだ。

この男は、もしかしたら、…否、多分己が此処に居る真実を知っている。

その上で此処に立っていることを受け入れて、そうして友だと認めているのだ。

今は、穏やかに時は過ぎている。

けれど。

御陵衛士たちは、きっと行動を起こす。

反乱と取れる行動を。

それは、藤堂が望まぬものかも知れぬ。

------------それでも、と。

いつか来るであろう日を思い描き、ただ瞳を伏せることしか今は出来ないのだ。



「なぁ斎藤。…お前が此方に来ると知って、総司は豪く悲しんだだろう」

藤堂の投げかける言葉は、己の醜い願いだ。

そうであればいいなどと、少しでも思う己を呪いたい。

「…俺にそんな価値はない」

「本気で言ってるか?…そうなら、怒るぞ」

「…本気で言っていた」

言えば、藤堂は眉を下げて苦笑を頬に浮かべた。

そしてため息混じりに言う。

「総司にとって、お前は特別だ。…総司は、お前のことが大好きだよ」

藤堂の言う言葉は、純粋な友としての意だ。

分かっている。

……分かっている。

「お前も知ってるだろう、総司は人当たりは良いがなかなかどうして、気難しい奴だ。本当に心を許した人間にじゃないと甘えないし、頼りもしない。…昔からの総司を知ってる俺が言うんだ、間違いないぞ」

朗らかな声が耳に届いて、斎藤はそっと口の端を上げた。

「お前にとっても、総司は特別だろう?」

不意に投げかけられた声に、肩が揺れる。

声の方向を見ると、友を見守る優しい瞳をした藤堂が居た。

「……あぁ」

込み上げる想いを噛み締めて、低く返す。

「良かった」

藤堂は、酷く満足そうに笑った。





「斎藤、…一献、やらないか?」

杯を持ち、それを飲むような仕草をして藤堂が笑う。

思い起こせば、藤堂と二人で酒を酌み交わしたことなどなかった。

「あぁ、…やろう」

返せば、藤堂は瞳を細める。

そして斎藤の肩に腕を回して、また笑った。









夜半。

共に杯を傾けて、久方振りに上質な酒を愉しんだ。

ただ、話した。とりとめない話を。

酒の席に、悲しい話など要らぬ。

藤堂の口からは、京に来る前の、試衛館時代の話ばかりが溢れて来る。

それは決して不快なものではなく、心底懐かしいと思える話ばかりであった。

藤堂は、何度も口にした。

永倉や原田、そして総司の名を。

近藤の名を、…土方の、昔懐かしい呼び名を。

そして時々黙り込み、過去に思いを馳せるように遠くを見る。

それから、頬にそっと笑みを浮かべるのだ。



共に酒を酌み交わすのはこれが最初で最後なのだろうと、杯を受けながら斎藤はそっと思う。

頬を染めて上機嫌に語る藤堂を見つめた。

その視線に気付いてか、笑みを浮かべていた藤堂がふと、その頬から笑みを消して見返して来る。

「…斎藤」

静かに名を呼んで、藤堂は杯を傾けてそれを一気に呷った。

「お前は、何が起ころうとも俺の友だ」

声に、斎藤は瞠目する。

「大切な友だ」

低く言うと、斎藤の手の中の杯に酒を注いで笑った。



「…決して、忘れないでくれ」



なみなみと注がれた酒を見つめる。

杯を持つ手が一瞬揺れ、酒に映った己の姿が揺れた。



杯を一気に呷った。

喉が、熱を帯びる。





「…忘れぬ」





低く応えを返して。そっと、瞑目した。









------裏切りの先に
在るものは、
憎しみ以外の何でもないと。

分かっていたけれど。
後戻りはもう出来ないのだと
言うことは、それ以上に
分かっていた。------


続く



土沖←斎








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