晴れすぎた空 5


傍に居ることが 

傍に在ることが

当たり前になっていたことに


離れてから 気付く



人は みな

そうやって
 
少しずつ 少しずつ

大切な ものを
  
失くしてゆく



そして 知る



傍に在った
  
大切な ひと が 誰か を









「----------行ったか」

まるで独り言のように、土方が静かに呟いた。

文机に向かい、筆を走らせているその背を総司は見つめて。

「…えぇ」

静かに声を返した。

「お見送りは、よかったんですか?」

土方の耳に届く総司の声は、予想外な程に明るく。

そのことに、土方は知らずそっと胸の内で安堵していた。

ただそれが、総司の懸命な強がりだと分かっていても。それでも。

安堵せずにはいられないのだ。

「…ご託を並べて離隊する奴らの見送りなんぞ、するか」

「土方さんらしい」

くすくす、と柔らかく土方の背後で総司が笑う。

何時もと変わらない、明るい笑い声。

あの白い頬には、やはり何時もと変わらない笑顔が浮かんでいるのだろう。

幼い頃から変わらない、あの。



「ねぇ、土方さん?」

不意に、総司の声音が変わる。

予感がした。

その先の言葉は聞きたくなくて。

「…総司」

総司の言葉を途切れさせるように、土方はその名を呼んだ。

「悪いが俺は今忙しい」

言って、土方は眉を寄せ瞳を伏せた。

土方の声に反応するように、部屋の空気が揺れる。



「…そう、ですね」

耳に届いたのは、静かな声。

感情さえも窺わせない、そんな。

「そうですよね」

繰り返し、総司が呟いた。

するりと、布擦れの音。

そして、そっと。肩に触れる、手。

それから、背中にあたたかいものを感じた。

背を向けていても分かる。

総司が、土方の背に頬を寄せたのだ。

「…また、来ます」

それだけ囁くと、総司は腰を上げる。

綺麗に敷かれた畳の上を歩く足音が次第に遠くなり、軽い音を立てて障子が開く。

部屋に差し込む、月明かり。

「ねぇ、土方さん」

障子の前に立っているのだろう、離れた距離から総司の声が響く。

「藤堂さんは、伊東さんと同じ流派ですし、藤堂さんの仲介で伊東さんも入隊されたこともあって、ついて行ってしまったのかもしれないけれど」

総司の声に、土方は眉を寄せる力を込める。

「…何故、一さんも行ってしまったんでしょうね」

一瞬の沈黙。

それを破ったのは、総司のまるで独り言のような、声。



「何故、一さんだったんでしょうね」



それは静かな。

けれど確かな、詰問の声。

少なくとも、土方にはそう感じた。

きつく、瞳を閉じる、その背で。

静かに、障子は閉じられた。



その音を聞いて、土方はそっと細く長い吐息をつく。

胸の奥が重い。

----------総司は、気付いている。

土方は思った。

そうだ。最初から分かっていただろう。

隠し事など。出来るはずはない、と。





----------何故、一さんだったんでしょうね----------



「何故、か」



低く、呟く。



「…何故だろうな」



その声は、他の誰でもない。

己への問い掛け以外の何物でもなかった。









続く








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