晴れすぎた空





わたしたちは 出逢ったのだ



まるで 泡沫の夢のように、



そして





はらはらと が舞う



その下で、告げるのだ



永久に言うことはないと 



思っていた言葉を



願っていた言葉を







----------さようなら。









れ す ぎ た






「……行ってしまうんですね」



少しだけ俯いた、白い頬が歪むように微笑った。

黒髪の隙間から見える、紅い口唇の端が僅かに上がって。

その笑みが消えたかと思うと、斎藤の目の前に立つ総司はやっと顔を上げた。

「…総司」

いつものように名前を呼ぶと、総司は淡く笑って。

「寂しく、なりますね…」

鼓膜を揺らす声音は、その言葉通りに心許なく、微かに震えていた。

「…そうだな」

込み上げる、まるで無意味な感傷を押し殺して低く言った。

腹の底に、力を込めなければ不覚にも声が震えてしまいそうで。



「ねぇ、一さん」

風が。総司の黒髪を、舞うように振り回す。

決して言い表すことのない感情を、空気に溶け込ますように。

「また、会えますか?」

……告げては、ならぬのだ。

本心を告げることなど、己には赦されないのだ。

「…また、会えますよね?」

言葉はまるで祈りだ。

言葉にならない想いを、形にしなければ。

こうして今、笑えもしないのだろう。

分かって、いるけれど。

---------告げてはならぬ。

沈黙が、重い。

何も告げない斎藤を見て、総司は淡く微笑った。



「ねぇ、一さん?」

語る言葉は、優しく、静かに。

まるで全てを赦すのだと言うかのように。

悲しいほど、優しい。



「覚えていて、ほしいのです」



静かに、静かに。

総司の口から紡がれる言葉たちが、風に乗ってそっと、耳を擽る。



「傍に、居ますからね」



言われて、まるで反射のように斎藤は、腰に差した脇差の柄に触れた。



「……分かっている」



斎藤に声に、総司は柔らかく微笑って。





「一さん」



そして。告げたのだ。









「----------さようなら。」







* * * * * * * * * * * *



土方から低く告げられた言葉に、斎藤は伏せていた顔を上げた。

「…今、何と仰られた」

今一度。真意を問うかのように、斎藤は詰問の言葉を口にする。

「伊東の野郎が、隊離脱の際にお前も連れてゆきたいと言ってきた。……行ってくれるな?」

語尾は、問うものであったけれど。

否とは、言えない響きがあった。

「…俺は、見事に懐に入り込めたということですか」



試衛館時代からの同胞である藤堂の仲介で、伊東一派が入隊してからと言うもの、勤王攘夷を説く伊東一派との間には埋めようのない溝が出来上がりつつあった。

伊東一派の入隊を、疑う心もなく喜んだ近藤とは裏腹に、入隊直後から伊東一派の動向を不審に思っていた土方は、斎藤に密命を下していたのだ。

伊東と行動を共にし、局の法度に触れぬ限界のところでもって近藤に異を唱えるような行動を取るように、と。

酒と刀にしか興味を持たないと思われていた斎藤が、人が変わったように外出を頻繁に繰り返し、島原通いをするようになったのは、全て土方からの密命故であった。

島原通いも、名ばかりのものである。

……全ては。

近藤に、新撰組に異を唱えるよう振る舞い伊東に近付き、伊東の信頼を得るためだけの行為であったのだ。



「あいつら、孝明天皇の御陵守護を命じられたとか、薩長の動向を探るためとか離隊に理由付けしていやがるが、俺は嘘だと思っている。嘘に違いない。斎藤、お前は間諜として伊東一派と行動を共にして、奴らの真意を探れ」



低く、告げられた言葉は奥に殺意さえはらんでいる。

暗い炎を宿した土方の瞳を、斎藤は真正面から見返した。

土方の真意全てを、知るために。



「…このことを知っているのは、」

静かに斎藤が問う。

その声に、土方は口端を歪ませるように笑った。

「俺と、お前…あとは永倉しか知らねぇよ。近藤さんにも言っていない」

とにかく隠密に、…そのためには身内さえも欺かねばならぬのだと、土方は口にしなかったが、言葉の奥の思いは十分な程身に染みた。

局長である近藤にさえ伝えていない土方の真意も、斎藤には分かっていた。



「…総司も、知らぬのですね」

「知らん」



肺の病が悪化してからというもの、総司が前線に出て刀を握ることはなくなったが、けれど土方は隊のどんな秘密裏なことも総司には伝えていたのだ。

なのに、今回は総司にさえ告げておらぬと。

土方は、確かに今そう言った。



「お前のことを心底信頼している総司が真実を知らぬからこそ、お前の離隊に現実味が増すだろう?」



くっ、と。低く、笑いを噛み殺して土方が言う。

すぅ、とまるで刀を引くように斎藤は鋭く瞳を細めた。

そんな斎藤の様にさえ、土方は薄く笑うのだ。

「…冷酷な人間だと思うか?」

愚問をと、斎藤は思う。

誰よりも隊のことを、そして総司のことを思い、恨まれるようなこと全てを一身に受け止めてきた土方を、単なる冷酷な人間だと思えるものか。

総司に伝えるかどうか、たった一人であんたは苦悩したのだろうと。

告げても、土方にとっては無意味な言葉なのだろうと斎藤はそっと瞳を伏せた。

「…思われた方が、副長の気が軽くなるのであれば」

「だから俺はこの役にお前を選んだんだよ」

言葉のやり取りは、繋がっていないようであっても、思いは多分繋がっているのだ。

斎藤は思った。



「…誰からも、恨まれる役になるぜ、お前」

「…承知しております」

「命を狙われることも、今以上に多くなろう」

「…元より、敵は多いこの身。ご案じなされますな」



「…総司からも、恨まれるかも知れねぇ」



土方の声に反応するかのように、脳裏に総司の微笑が浮かんだ。

柔らかく、己の名を呼ぶあの優しい声さえも。

聞こえぬはずなのに、そっと耳を擽るのだ。

そっと瞳を伏せて、脳裏に浮かんだ笑顔を消す。



「副長」



斎藤の低い声に、土方は視線を上げた。



「あんただけが悪役になる必要はない」



呟くように言えば。

土方は一瞬瞠目し、そして端正な顔を歪めるように笑った。

「うるせぇよ」

茶化すような声音で、土方は短く告げて。



「総司は、お前を信じて待つだろうよ」



土方の言葉に、今度は斎藤が瞠目した。

二つの視線が音を立ててぶつかった。

最初に瞳をそらしたのは、土方の方。

一度伏せられて、戻って来た瞳は、鬼副長と呼ばれる所以となった厳しい顔。





「斎藤。……恨まれ役は、…ひとりで十分なんだよ」





真直ぐに生きることしか知らない人。

だからこそ、彼の人は、この目の前の男を追うのだろうと思い知らされて。

斎藤は込み上げる苦笑を、そっと噛み殺した。





続く












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