晴れすぎた空 13





笑い合った 日 を 、 



君を、 忘れない



永遠に 


友 である 君 を 、





静かな、夜だった。



障子越しに、明るく輝いた月の光が部屋に差す。

部屋には、影がふたつ。

布団の上に、そしてその枕元に座した身体は、微動だにせずただ静かに座っていた。



項垂れるように布団の上で上半身を起こし、静かに座る総司を斎藤は伏せた瞳で見つめる。

白い寝着から垣間見える左手首には、強く握られたような紅い痕が残っていた。





土方の予想に違わず、藤堂の元にゆくと言って聞かずに、満足に動くことも出来ない身体を起き上らせて部屋から出ようと暴れる細い身体を抱きすくめるように引き留めたのは、数刻前のこと。

肺を病み、床に臥せることが多い身体の何処に一体これほどの力があったのかと驚くほどに、総司は手足を激しく動かして斎藤の腕の戒めを何度も解こうとした。

「…っ総司!」

声を荒げた斎藤に、総司がびくりと身体を揺らす。

日常、声を荒げることの無い斎藤の鋭い声に一瞬身体を竦ませたのは、ほんの一時のこと。

「…嫌だ」

何度も首を横に振って、嫌だと繰り返す身体を斎藤は全身で抱き締めた。

想いは痛いほど分かる。

けれど、彼の人の思うままゆかせる訳にはならぬのだ。

何があっても、ならぬのだ。



「聞き分けてくれ」

未だ戒めを解こうと身を捩る身体を抱き込んで、斎藤はその身体の肩口に顔を埋めた。

「…頼むから」

ゆきたいと、想う心は斎藤にもあった。

己の裏切りの末を、見届けねばならぬと言う使命にも似た苦い感情が胸に重く圧し掛かっていたのだ。

けれど、それさえ叶わない。



「…総司」

頼む、ともう一度繰り返したところで、腕の中の身体から力が抜けた。

その場に座り込みそうになる身体を抱え直し、畳に膝を付くと強く抱き返された。

震えた腕が、しがみ付くように斎藤を抱き寄せる。

斎藤の胸に頭を寄せて、総司は肩を震わせた。

襟元に、総司の吐き出した吐息が掛かる。

吐息は、友の名を呼んだ。

「…ごめんなさい」

誰に向けられた言葉なのか。

総司はそう呟くと、斎藤に抱き付く腕にまた力を込めたのだ。





白く細い手首に残した紅い痕を見やり、斎藤は眉を深く寄せた。

あれから、幾刻過ぎたのか。

俄かに、屯所内がざわめきを取り戻す。

それに気付いた総司が鋭く顔を上げて、斎藤を見、そして障子を見た。

歩いて来る、足音ひとつ。

少しずつ少しずつ近付いて来て、そして。

その足音は、総司の部屋の前で止まった。









「総司」

投げ掛けられた声は、低い永倉の声だった。

静かに、障子が開く。

永倉の纏う着物は、全身に血が飛び散っていた。

入って来た永倉の頬には、いつもの見慣れた笑みはない。

それが、不安を募らせた。



無言のまま足を進めて、斎藤の横に並ぶように永倉は総司の布団の枕元にしゃがみ込んだ。

そして襟元から懐に手を入れて、掌に握り締めたものを徐に総司の方へ差し出した。



無言のまま、差し出された下げ緒。

紫苑色のそれには、見覚えがあった。

藤堂は、紫をいつも好んでいた。

そのためか、彼の下げ緒はいつもそういった色だった。

その中で、彼が一番好んでいたのがこの紫苑色だ。

薄いながらも、高貴さを感じさせるその色は、彼にとても似合っていた。



「お前に託す」



低く、唸るように永倉は言った。

「きっと、平助はそうしてほしいと思っているはずだ」



見上げた先。

永倉は、笑った。

今まで見たことの無い、弱々しい笑みだった。



「…助けられなかった」



焦燥の混じった声だった。

語尾は悲愴に溢れ、静かに、ただ静かに震えていた。

一言残し、立ち去ろうとする背を、見送った。

声は、掛けられなかった。

きっと、彼はこれから、そっと友を思って涙するのだ。

静かに障子を閉めて出て行く永倉の背は、微かに震えていた。





続く








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