晴れすぎた空 12
* * * * * * * * * *
その日は晴れた、月の美しい日であった。
無残に身体の至る所を斬られ、絶命した伊東の身体が小路に転がされている。
血の臭いの充満するその中、刀を合わせ合う高い音が、四方から飛んで来る。
少し離れた、その場所で。
三人は、静かに向かい合っていた。
「近藤さんと土方さんから、お前は逃がせと言われている」
右手に握った刀を下ろし、永倉は唸るように低く告げた。
永倉の横には、眉を寄せて厳しい顔をした原田が立ち尽くしている。
「新八さん、…左之さん」
悲痛そのものの二人の表情に、藤堂は意志の強い瞳を揺らした。
「お前は、近藤さんと土方さんにとってはまだ仲間なんだ」
喧騒が、何故こんなにも遠く聞こえるのだろうと藤堂は思う。
刀を抜き合って、向かい合っていると言うのに。
この、静寂は。
「平助、俺たちにとってお前は友だ。…これから先もずっとだ」
屯所を去る日に、総司に言った言葉。
月真院を去る斎藤に、告げた言葉。
そして、揺らぎ仲間から決別した己に、今届いた言葉。
藤堂の心が、揺れた。
「だから、…生きてくれ」
胸が、苦しく、重くなる。
走らねばならぬ足が、動かない。
「そんなこと、」
否。
立ち尽くす訳には、いかぬのだ。
もう、逃げるわけには、いかぬ。
「……そんなこと、もう、…赦されないっ」
吐き捨てるように言って、藤堂は駆けた。
永倉の懐に飛び込むように駆け、刀を合わせる。
鋭い金属音が響き渡った。
力で勝る永倉は、藤堂の刀を力ずくで押し返した。
「赦す、赦されるじゃねぇ、生きろと言っている!」
叫んだ永倉の背後で、断末魔の叫び声が上がった。
御陵衛士の服部に、引き連れて来た隊士たちが苦戦している様が飛び込んで来た。
「俺が行く」
原田は短く言い、擦れ違い様藤堂の肩を叩くと戦闘に飛び込んで行った。
「俺もあっちに行く。…だからお前も、もう行け」
永倉は言うと、僅かに左に寄って道を開けた。
「…新八さん」
「また三人でいつか、酒を飲もう」
藤堂の顔が引き歪む。
それを見て、永倉は笑った。
懐かしい日々が、胸を駆け巡る。
「…っ」
藤堂は、一度きつく瞳を閉じると、意志の強い瞳で前を見た。
駆け出した背を送り、原田の元へ駆けようとした永倉の背後で、風が揺れた。
耳に聞き慣れた、風を斬る音。
振り返った視界に、藤堂の背から夥しい血吹雪が上がっているのを見た。
踵を返そうとしたところで、七条通へ抜けようと駆けて来た毛内を斬り上げる。
藤堂は背を斬られ、すぐに振り返り刀を振り下ろした隊士を斬り付けながら、永倉の繰り出す剣を見た。
迷いのない、力強い剣。
人柄は、剣に出るのだ、などと藤堂は不意に思った。
「やっぱり、…これ以上、色んな人を裏切って生きるなんて、……赦されないんだ…」
呟くと、口から血が流れ出した。
二度、三度、背に衝撃を感じる。
斬られていると、分かるまで多少時間が掛かった。
痛みが、遠い。
「後ろ傷だ」
後ろ傷は、武士の恥。
「ははは…俺は、最後まで」
込み上げて来る笑いを止められずに笑うと、更に口から血が流れ出す。
くらりと、足が揺れたところで、正面から大きな衝撃を感じた。
胸を斬られた、と思った刹那、踏ん張ることが出来ず後ろに倒れ込んだ。
「…新撰組隊士として、生きられなかった」
多数の隊士に囲まれた、その隙間から。
藤堂は、永倉を、原田を、見た。
永倉も原田も、藤堂に向けて何かを叫んでいた。
けれど、もうその声も聞こえなかった。
重くなる瞼に逆らわず、瞳を閉じ掛ける。
一瞬のうちに、様々なことが頭の中を駆け抜けた。
いつも、…いつも其処には笑顔があった。
嗚呼、--------幸せは、いつも変わらず其処に在ったのだ。
大切な友は、いつも傍に在ったのだ。
友と過ごした愛しい日々は、いつも笑顔で満ち溢れていたのだ。
ただ、己が其れを見失ってしまっていただけで。
「…ごめん、な…?」
知らず、笑みが浮かんだ。
最期に、結ばれた視線。
その先で、藤堂は笑った。
確かに、笑っていた。
「平助ぇぇぇ…っ」
静かに閉じた瞼に、永倉の声は届かなかった。
------名を呼ぶことも、
笑いあうことも
もう 赦されないのなら
美しいままの記憶は
せめて 永久の想い出に------
続く
土沖←斎