晴れすぎた空 11





別れ の 言葉 を



言わない のは  言えない のは



これが 最期 だと





信じたく 、ない から 、










「約束を、」



首元に、熱い吐息がかかる。

「守ってくれましたね」

ふふ、と、総司が吐息だけで笑う。

抱き合ったままの出来事で、総司の表情を窺うことは出来ないけれど。

それでも、白い頬に穏やかな微笑を浮かべているだろうことを想像することは難しくなかった。

「…あぁ」

「信じて、いたから」

純粋に真直ぐに届けられる、盲目的な信頼の言葉に胸が震えるのを止められない。

嗚呼、こんなにも、と。斎藤は思う。

こんなにも己は、彼の人に会い、触れることを求めていたのだ。

傍に、在りたかったのだ。

想いは込み上げるばかりで。

届く先は、何処にもないと言うのに。



「…俺は、斎藤一と言う男は今日、此処で死ぬ」



呟くと、弾かれるように総司は斎藤から身体を離した。

闇色の瞳が揺れている。

「山口二郎だ」

「…山口…?」

「お前に最初に告げようと思っていた」

「…山口さん、か……懐かしい、お名前ですね」



その言葉だけで、初めて出逢った日のことを容易に思い出せる己が居る。

花が咲くように笑っていた、まだ幼さを残した彼の人のことを。

こんなにも、鮮明に覚えているのだ。

闇の中に身を置いていた己が、光射す場所を見つけた日のことを。



「山口さん、…って呼ぶことになるんですね?」

「…さぁな」

「え?」

「…名を変えても皆、変わらず俺のことを呼ぶのだろう」

陰謀も策略も全て、何もなかったかのように。

試衛館時代から己を見知った彼らはきっと。

今までのように、変わらず。

己の名を呼び、話し、そして笑うのだろう。

…それは果たして、希望なのだろうか。



「よかった」

眉を下げて、総司が笑う。

「きっと私は、すぐに間違って一さんと呼んでしまうから」

「…そうか」

透けるように、総司は笑った。

以前から、綺麗に笑う男だとは思っていた。

けれど、今目の前にある微笑は。

透けてそのまま消え失せてしまいそうな儚ささえはらんでいる。

触れていなければ。

何処か遠くへ、いってしまいそうな、そんな。

心許なさが、其処には在った。



「疲れるだろう、横になれ」

背に掌を当てて、布団に横たわらせる。

掛け布団を掛けて肩まで上げてやると、総司は小さく笑った。

「…行ってしまうのですかですか…?」

「長く話せば疲れるだろう」

「また、来てくれますか?」

「…あぁ」

応えを返せば、よかった、と心底安堵したようなそんな笑みを浮かべて見せる。

そんな小さな仕草さえ愛しかった。

「すぐ、来てくださいね」

「善処しよう」

「…隣のお部屋は、一さんのものなのだから」

言われて、総司の部屋の隣が空いていたことを思い出す。

「副長助勤以上は、個室になってしまったから」

何の因果か、斎藤と総司はずっと相部屋だった。

同じ部屋で、同じ時間をふたり、過ごして来たのだ。

「近藤先生と、土方さんにお願いしたんです」

「…何だと」



「私のお隣は、一さんにしてください、って」

そう言うと、総司は闇色の瞳を細めた。

嗚呼。

そうだった。

この男はこうやって、何気なく己の心を騒がせるのだと。

斎藤は、そっと頬に苦笑を刻んだ。

「…そうか」

「だから、何度も来てくださいね」

「分かった」

深く頷いて、立ち上がろうとした斎藤の視界に、刀掛けが入った。

それに気付いたように総司は其方を見て笑う。

「まだ、お返ししませんよ」

「俺も返すつもりはない」

そっと、傍に居るのだと。

そう言って差し出された脇差の柄に触れて。

今度こそ斎藤は立ち上がった。



「…また、来る」

「約束、ですよ」

「…分かっている」

「一さん」

にこりと総司は笑って、小指を立てた右手を差し出して来た。

「約束、してください」

「……」

「一さん、早く」

無邪気に笑う総司に気取られぬようそっと吐息をついて、斎藤は総司の小指に己の小指をそっと絡めた。







総司の部屋を出ると、廊下の先に険しい顔をした男が此方に向かって歩いて来るのを認めた。

「…副長」

「俺としたことが、言い忘れていた。お前の部屋だが、…此処だ」

ともすれば不機嫌そうに見える表情で、土方は総司の隣の部屋の空室を指差す。

そして、斎藤を厳しい瞳で見つめた。

感情を窺うことは出来ない。

けれど。

「総司が、言ってきかなかった」

「…総司が」

「隣の部屋は、必ず空けておいてほしいと」

土方はそう言って斎藤を見ると、口の端を歪めるようにして端正な顔に笑みを浮かべた。



「…やはり総司は、気付いていたようだな」

何も、告げなかったと言うのに、彼の人は。

ただただ、信じていたのだ。

斎藤が戻って来ると言うことを。

「あいつには、敵わん」

低い声には、慈愛さえ感じさせる響きがある。

総司の希望を耳にした時、この目の前の男は何を想ったのだろう。

想像も出来ぬし、したくはないと、斎藤は瞳を伏せた。

「…また、お守りを頼むことになるな」

閉じた障子の先へ慈しむような視線を送り、土方はすぐにその表情を奥へと仕舞い込む。

「…総司を、頼む」

声に視線を上げると、二重の切れ長の瞳が真直ぐに斎藤の姿を射る。

この視線に慣れぬものであれば、その場に立ちすくむだろう程の強さで。



「…彼が本当に望んでいるものは、…俺ではない」

目の前に立つこの男は、それを分かっている癖に。

分かっているのに。

なのに、何故。

「俺では、駄目なこともある」

小さく、土方は喉の奥で笑った。

笑っていると言うのに、端正過ぎるその顔は凄みを増すのだ。



「…あいつは、俺の前では弱音は吐かん。…だが、」

誰よりも、分かり合っているはずなのに。

--------否、分かり合っているからこそ。



「お前には、そうではないだろう」

目の前のこの男は、誰にも知られずそっと彼の人のことを想い、深く心を痛めているのだと。

何故か、届いた声音に思った。

「俺には、分かる」



互いを思い合い過ぎて、擦れ違う。

嗚呼、何故うまくゆかぬのだろう。

それでも魂は離れず、互いを求め続けるのだ。



「お前も、分かっているだろう」



この男が、彼の人が、少しも揺らがなければ。

己には、少しも立ち入る隙間などはないのだと。

言えぬ己の卑怯さを、どう足掻いても引き裂けぬ強い絆を、思い知る。



何もなかったようにすれ違って歩いて行く背を見つめ、斎藤は知らず口唇を噛み締めていた。













続く








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