Kiss Me xxx... 2
大切にしたいと思っていた。
ずっと願っていた。
大切だからこそ、ずっと傍に居たかった。
誰よりも傍に居たかった。
だからこそ、想いを今までずっと告げられずにいた。
それでも、総司はいつも隣で変わらず笑ってくれていたから。
そうして思う。
大切なものを傷つけてまで、俺が守ろうとしていたものは。
----------一体、何だと言うのか。
大切だと、愛しいと想うものは、いつだって変わらなかったのに。
(身勝手な欲望を吐き出して、総司が離れて行くのが何より怖かったんだ)
「…すまない、総司」
総司の顔は、窓を向いたままだ。
けれど、瞳は開いている。
聞いてはくれているのだと思って、言葉を続けた。
「俺は、思い違いをしていた」
言うと、総司の肩がまた小さく揺れた。
そしてそっと、手で耳を塞ごうとする。
「聞きたく、ない」
ふるふると、首を何度も横に振る様子に、また胸が痛む。
あぁ、俺は、一体どれだけ。
どれだけ、総司を追い詰めていたと言うのだろう。
「聞け」
耳に伸ばした手を外させるのに腕を掴んだら、弾かれたように総司がやっと俺を見た。
翡翠色の瞳が、揺れていた。怯えの色を、映し出しながら。
「…伝わっていると、思っていた」
自分で、勝手に。思い込んでいた。
隣に居るのが、当たり前になっていて。
隣で、お前が笑っているのが、当たり前になりすぎていて。
なのに。-------だから。
「…言えなかった」
言葉を交わす前に、何度も交わしたキスが。
想いを告げる前に、何度も交わしたキスで。
離れたくないと、離れて欲しくないと、願う想いの邪魔をした。
「すまない」
再び、謝罪の言葉を口にすると、総司は僅かに小首を傾げて見せる。
「…君が、何を言ってるのかが分からないよ」
戸惑うような声に、もどかしさばかりを感じてしまう。
気の利いた言葉を口にすることは苦手だし、出来ないと自分でも分かっている。
考える前に、身体が動いていた。
腕を掴んでいた手の力を緩めて、掌を総司の頬に寄せる。
また総司は僅かに身を竦ませたけれど、気にせず掌で包み込んだ。
「お前のことが、好きだ」
刹那、翡翠色の瞳が引き歪む。
泣くかと思った。
「…何?どうしちゃったの?」
「聞こえなかったか」
「…僕たちは、男だよ」
「そんなことは分かっている」
「…勝手に悩んで、勝手に弱ってる僕に同情してくれてるの?」
「同情じゃない」
「…嘘だ」
「嘘じゃない」
信じられない、と言う表情を浮かべて総司は何度も何度も首を横に振った。
いつもより赤くなっていた目尻が、さらに赤みを増している。
「総司、聞け」
「待って一くん、冷静になってよ。君らしくないよ」
「お前が土方先生と話しているのを見て、笑い合っているのを見て、…倒れかけたとは言え抱き締められているのを見て、おかしくなるかと思った」
まだ、総司は首を横に振り続けている。
けれど、もう止まらなかった。
止められなかった。
「お前に、他に好きな人が居ると聞いた時、嫉妬で狂うかと思った」
「…他、に…?」
横に振り続けられていた首が止まるのと当時に、揺れた総司の声が耳に届いた。
「僕は、そんな風には言わなかったよ」
「…総司」
「すきなひとがいる、とは言ったけど」
「…だから、」
「一くんだよ」
一瞬。
時が、止まったかと思った。
固まってしまったらしい俺に、総司は苦笑に似た笑みを浮かべて見せた。
「僕のすきなひとは一くん。だから、君には言えないって言った」
「…何故」
「だって、僕たちは男だよ?オカシイことでしょ?」
「おかしいこと、だろうか」
「…おかしいよ!」
ベッドから勢い良く身体を起こして、自棄になったように総司が小さく叫んだ。
頬に寄せた俺の手を振り払って俯き、そのまま手で翡翠を隠す。
「…たとえ、おかしいことなのだとしても、俺はお前のことが好きだ」
「同情はいらないって、言ってるじゃない」
頑なに心を閉ざして見せる総司に、正直苛立ちを覚えた。
いや、正しくは苛立ちを覚えかけた。
…けれど。
ここまで、総司の心を閉ざさせてしまったのは、他でもない、俺のせいなのだと。
苛立ちは俺自身へのものだ。
「同情ではないと言っている…!」
その苛立ちのまま、少し荒げた声で告げると総司が身体を揺らした。
「…すまない」
怒っているのではないと、伝えたくて。
けれど出て来たのは、下らない謝罪の言葉だった。
「男だからとか、…そんなことは考えなかった。俺はただ、沖田総司と言う人間を好いている」
「……僕…?」
「そうだ」
「一くんは、僕をオカシイって思わない?」
「…思わない。思うはずがない。俺は、お前が好きなのだから」
翡翠色の瞳を隠した手を、そっと外させる。
潤んで揺れた瞳が、真直ぐに見つめて来た。
その、透けるような綺麗な色に見惚れてつい息を詰める。
「お前が何を言おうと、俺の想いは変わらない」
「…はじめくん」
「総司、…好きだ」
まるで誓うような想いで告げて、そっと総司に腕を差し伸ばす。
小さく震えた身体を、抱き締めた。
ふわりと、制服越しに体温が、鼓動が、伝わって来る。
それをもっと感じたくて、抱き締める腕に力を込めた。
「…っ、もう、いっかいっ、…言って…」
胸元に引き寄せた総司の身体が、また震えた。
背を、掻き擁く。
「-------お前が、好きだ」
抱き寄せて、耳元に熱い吐息ごと吹き込んだ。
想いを、込めて。
どうか、伝われと。
祈るように囁いて、瞳を閉じる。
刹那、強く抱き返された。
「僕も…っ君が、好き…!」
耳に、ではない。
胸に押し付けられた総司の口唇から紡がれた言葉は、直接心臓に届いた。
その声は、確かに心に届いて、そして心を強く震わせた。
「…総司」
そっと、抱き締めた腕を緩めて真正面から見つめ合う。
頬に、涙は落ちていなかった。
それにそっと、安堵する。
「もう一度、最初から、始めよう」
目尻に溜まった雫に、そっと口唇を寄せてそれを掬い上げた。
「……はじめ、くん」
「どうした?」
おずおずと、しかし真直ぐ、射るように見つめて来る翡翠に微笑い掛けた。
「…キス、して?」
頬に、僅かな笑みを浮かべて。
柔らかく、総司が言った。
「…言われなくても」
誓う。
傷つけて来た。
何度も、何度も傷つけて来た。
だから、その数に誓う。
それ以上に、
もっと、もっと、
幸せにする、と。
見上げて来る総司の頬を撫でて、それから。
左手の親指の腹で、総司の口唇をそっとなぞる。
手を滑らせて顎に手を掛けて上向かせて、口を開かせて。
上口唇を軽く食んでから、ゆっくりと口唇を重ねた。
触れ合う柔らかささえ、愛しいと思う。
もっと深く欲しいのだと強請るように触れた角度を変え、薄く開かせた口に舌先を忍ばせてそのまま絡ませた。
「っん、」
鼻に掛かった甘い吐息を漏らした口唇の熱を求めて、何度も深く吐息を絡めた。
絡めた舌を吸い上げると、縋るように、背中に回された総司の腕に力がこもる。
そんな小さな仕草さえ愛しくて、口唇を重ねたままきつく抱き締めた。
これが、始まりの キス。
ここから、始めよう。
もういちど、最初から。
離すと口の端から僅かに流れた透明な糸を指先で拭って、見つめ合った。
真直ぐ見上げて来る翡翠が綺麗だ。
身体の奥の奥から、深い愛しさが流れ出すように込み上げる。
突然照れたような表情を浮かべて、頬を染める総司が可愛いと思った。
こつんと額を合わせ、鼻先を擦り合わせた。
「総司」
「一くん」
これが、始まりの 言葉。
込み上げる愛しさのまま、囁いた。
「「愛してる」」
終
(始めよう、溢れる愛を伝えるところから。)
斎沖
傷つけた分、誓うよ。
きみに、あふれるほどのしあわせを、