Kiss Me xxx... 1







手 を 離して 気付く



淡く 軋む 

この 心臓の 意味 、



Kiss Me xxx ...





大切にしたいと思っていた。

大切に思っていた。

ずっと傍に居たいと思っていた。

ずっと傍に居てほしいと思っていた。



そんなことを、願っていた。





そんな勝手なエゴで、傷つけていたことなんて知らずに。









「おはよう、一くん」



いつも始業ベルが鳴る直前に(むしろ鳴ってから)校門前に立ってにこにこしているはずの総司が、鞄を肩に掛けて俺の横を通り過ぎたのは、いつもよりも随分と早い時間帯のこと。



「…おはよう、総司」



返すと、総司はいつものようににこり、笑って見せた。

けれどただそれだけ。

笑みを一つ、残して、校内に向かって行く。

目尻が少し赤くて、瞼もいつもより腫れている気がした。

それを見て、昨日の朝の出来事が脳裏をよぎる。

昨日屋上で会話をしてからと言うもの、まともに顔を合わせて会話をしていなかったことを思い出す。

いつも一緒に帰りたいと言っていた総司だったが、昨日の放課後は職員室に行っている間に総司の姿は教室から消えていた。



玄関に入ろうかと言う背を、振り返って見つめた。

目が赤かった。…昨日、総司は泣いたのだろうか。

そんなことを、思っていた時に。



「お、今日は随分早いんじゃねぇか」

玄関前で生徒たちの登校を見守っていた土方先生の声がする。

「失礼ですね、僕だってちゃんと起きられるんだから」

「それは明日もちゃんと来たら言えよ、…ってお前、どうした?目ぇ赤いな」

「…昨日、何だか寝られなくて。あ、でも平気ですよ」

「ったく、お前は風邪をひきやすいんだからしっかり寝ろよ」

「しっかり寝たら明日はまた遅刻だろうな」

「馬鹿、しっかり寝てしっかり起きて学校来やがれ」

くしゃり、土方先生の手が総司の頭を乱暴に撫でている。

土方先生の授業をわざとさぼったり、わざと赤点を取ったりする総司だが、そんな総司に対して土方先生は文句を言いながらも酷く優しい瞳で見守っていることを知っている。

近藤校長の道場で総司が小さい頃から顔を合わせていると言うのだから、それはきっととても自然なことなのだろう。

今のようなやりとりも、日常だ。

なのに。今日は、酷く胸に刺さる。

理由が分かっているからこそ、そっとため息をついて玄関に背を向けた。

登校してくる生徒の服装の乱れを指摘している、その背に。

視線を感じた。以前からよく感じていた、視線。

誰からのものかなんて、振り返らなくても分かる。

けれど、どうにも振り返ることも出来なくて。

今日何度目になるか分からないため息を、今度は深くついた。









「一くん、おはよ」

「…おはよう」



次の日も、その次の日も総司は定時に登校して来た。

瞼が腫れているとまではいかなかったが、目は、目尻は赤いままだった。

そのことを、気に掛けて。

どうしたと、総司に声を掛けようと思ったけれど。

…どうした、なんて。

聞けるはずもなかった。

理由なんて、はっきりしている。

そして気付けば、数日間まともに会話をしていないことに気付いた。

「……」

気付いた瞬間、突然胸が重くなる。

休み時間になると、総司はいつもにこにこと笑みを浮かべて歩み寄って来て、今日の昼ご飯の話や放課後に何をするか、などと日常的な、下らない話をしに来ていたと言うのに。

ここ数日は、気付けば休み時間教室内に総司の姿はなかった。



姿がないと気付けば、探してしまうのが人間の性。

席を立って廊下を出ようとドアを開ければ、廊下の少し先で総司が土方先生と話しているのを見た。

土方先生が、総司にノートを手渡している。

古文をさぼりまくっている総司への、特別課題か何かだろう。

総司は、それを受け取って笑って、何かを話した。

その途端、土方先生の眉に深い皺が寄って、総司の頭を軽く小突いた。

正しくは小突こうとした。

にこにこ笑って総司は後ろに飛ぶようにそれを避けて、そして。

ふらりと、突然体勢を崩した。

倒れかけた総司の身体を、伸びた咄嗟に伸びた土方先生の腕が抱きとめる。

どくんと、心臓が大きく鼓動した。

総司は、土方先生の腕の中で俯いたまま動かない。

土方先生の眉間には皺が寄ったままだったが、その表情は心配そのものの表情を浮かべていて。



知らず、駆けていた。



「総司」

土方先生に抱きかかえられて俯いていた総司が、僅かに顔を上げた。

頬が、真っ青だった。

「ひでぇ顔色だな、保健室行くか」

「…はは、いつもは僕が保健室に行くって言ったらさぼりか、って怒るくせに、」

「っ馬鹿、それとこれとは話が別だ。保健室行くぞ」

「や、少し休めば、」

「だから保健室で少し休めってんだ」

入る隙がない、と言うか。

駆け付けてからの、違和感。

やっと気付く。

総司が、こちらを見ない。



「…っと、山南は今会議で居ねぇんだっけな。斎藤、鍵持って行くから総司を保健室まで連れて行ってやってくれるか」

「…分かりました」

「総司、立てるか?」

「嫌だな、もう平気ですよ」

土方先生に弱々しく笑みを見せて、総司は大丈夫だと言うように両手を広げて、自力で立って見せる。

「すぐ行くから先に向かってろ」

土方先生はそう言い残すと職員室に早足で歩いて行った。

その背を、見て。



「…ひとりで、大丈夫だから。授業始まるし、一くんは戻っていいよ」

視線を合わせないまま、少し俯いて言う総司の頬はまだ青白い。

少し痩せたか、とそっと思う。

俺の返事を聞く前に歩き出そうとした総司の身体が、…ふらりと揺れた。

反射的に手を差し出して総司の背に触れようとした、その、時。

びくっ、と、音がするのではと思えるほどに大きく総司の肩が揺れた。

まるで子供が大人に怒られた時のような、そんな。

肩を竦ませて、深く総司は俯いた。



「総司」

「……ごめん」



耳に届いたのは、小さな謝罪の声。

その声を、聴いて。

----------あぁ、俺は一体どれだけ、と思う。

どれだけ、総司を思い悩ませていたのかをやっと思い知った。



「…すまない」

小さく言って、総司の身体を無理矢理抱えるようにして廊下を歩かせる。

並んで廊下を歩く間も、総司は口を開かなかった。

ただ、俯いて。

口唇を、軽く噛み締めていた。





「お、待たせたな」

保健室の前に立っていた俺たちに声を掛けて、土方先生はドアのカギを開けた。

支えて歩かせて、カーディガンを脱がせてから清潔な白いシーツの掛かったベッドに総司を横にならせた。

土方先生は体温計を探していたらしく、それを見せながら言う。

「悪いが俺も会議だ。…おとなしく、寝てろよ」

「はーい」

珍しく素直に返事をする総司の髪の毛を乱すように土方先生の手が総司の頭を撫でた。

「やめてくださいよ、子供じゃないんだから」

「何言ってんだ、俺から見ればお前なんてまだまだガキなんだよ」

言う土方先生の瞳が、優しい光を帯びる。

昔から知り合っている絆の深さが、垣間見えた気がした。



「しばらく、俺が様子を見ます」

「お前、授業は?」

「途中から出ます」

一瞬思案するような顔をして、土方先生は「まぁお前に任せれば安心か」なんて言葉を言って、笑って見せた。

「じゃあ、斎藤頼んだぞ」

頷いて見せると、土方先生も頷き返して。

「後から来るから、しっかり休めよ総司」

「…優しい土方さん、何だか気持ち悪い」

「うるせぇよ。それにな、学校じゃ先生って呼べ」

苦笑いを浮かべて、土方先生は総司の額を小突く真似をして笑った。

「憎まれ口がたたけるってことは心配ねぇな」

低くそう言うと、総司の頭を一撫でして静かに保健室を出て行った。







急に訪れる、静寂。

保健室の時計の秒針が、カチカチと時を刻む音さえ聞こえて来る。

一番窓際のベッドに寝た総司は、しっかりと閉じられたカーテンの方に顔を向けて黙ったままだ。

垣間見える頬は、やっぱり白い。

少し痩せたかとさっき思ったのも、間違いではなさそうで。

--------もしかして、あの日から。

ろくに寝ず、食べず、時間を過ごしていたのだろうか。



「…総司」



声を掛けただけで、総司の肩が揺れる。

そんな様子を見て、心が痛まないはずがない。

込み上げる愛情と、それ以上の後悔の念。

いつもは微塵も見せない弱い姿に、ただ心が震えた。





続く












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