In A Dream The End





いつか 終わるのなら 、



この 手 で





In A Dream The End



分かってる。



これは、恋じゃない。愛じゃない。

恋なんかじゃない。愛なんかじゃない。





そよぐ風が、頬に気持ちいい。

少し冷たいコンクリートが、背中を少し冷やすその感覚も。

柔らかく降り注ぐ陽の光を浴びて、瞳を細めた。

寝転がったまま、んー、と大きくひとつ、伸びをした。

そのあとには、心地良い脱力感。

ふぅ、とひとつため息をついて、視線だけを横に移した。



さらさら、さらさらと。

絹の糸みたいな綺麗な黒髪が、風に舞うのが見えた。

綺麗に整ってるくせに表情をあまり出さない顔を、そっと見つめる。

あ、睫毛、長い。

鼻も高くて、口唇だって薄くも厚くもなくて、綺麗な形。

…綺麗。



本当は、今は授業中のはずなのに。

何で僕らは今、こうやって屋上に並んで寝転んで、授業さぼっちゃってるんだろう?

(今は古文の時間だし、一限目だし、鞄だって教室に置いてないから僕はまだ学校に来てないことになってるし、僕が授業をさぼるのなんて珍しいことじゃないし、でも、)



何で、一くんまでさぼっちゃってるわけ?

(しかも風紀委員長、なのに、さ)

(…ま、いっか、…天気良くて、気持ちいいし)



一くんが、傍に居てくれるの、嬉しい、し。

一くんと、一緒に居る時間がすき。



一くんが、すき。

言いたい、…言えない。



一くんは、いつもそっと傍に居てくれる。

好き勝手に振る舞う僕を見て、しかめっ面をしながらも、最後は蒼色の瞳を細めて優しく笑ってくれる。

ねぇ、どうして、いつも傍に居てくれるの、って。

聞きたい、…聞けない。

小さい頃から僕を知ってるから?

面倒見のいい君だから、奔放過ぎる僕を放っておけないから?

ねぇ、どうして。

いつも、酷く優しい顔で僕を見て、そうして笑ってくれるの。

ねぇ、どうして。

壊れ物を触るように、僕に触るの。





瞼を閉じていても感じる陽の光が、急になくなった。

雲がかかったかな、なんて、そんなことを、思っていたら。



「……」



総司、って、低く僕を呼ぶ声がした。

瞳を開いて、返事をする、その、前に。

口唇に、あたたかくてやわらかいものが、そっと触れた。

僕の心を、鈍く、そっと、軋ませる、いとしい感触。



「…一くん…?」



ゆっくりと瞳を開くと、驚くほど傍に一くんの顔があって。

息を、飲んだ。

陽の光を背にして、僕に覆い被さるように見つめて来る一くんが、綺麗で、綺麗で。

その背中に、腕を回して抱き寄せたい衝動に駆られそうになる。



「…授業が、始まる」

「いや、もう古文は始まってるんだけどさ」

「…そうだったな」



真面目に、ちょっと抜けたことを言う一くんに笑ってしまった。

しばらく笑い続ける僕に、一くんは怪訝そうな顔をしながら、笑い過ぎだ、と呟いた。



「…起こしてくれたの?」

「あぁ」

「声、掛けてくれたらよかったのに」

「……あまりに気持ち良さそうに寝ていたから」



通じるような、通じないような、微妙な言い訳。

ねぇ、何で僕にキスするの、って。

思いながら、聞けない僕が居る。

だって、僕たちは。





「ねぇ、一くんは、好きな人、いる?」



君が隣から居なくなることを何より恐れる僕が、聞ける精一杯のこと。

聞いてどうするんだ、って言われたら答えようがないけれど。でも。

僕の言葉に、一くんは蒼色の瞳を僅かに見開いた。

「……」

一くんの口唇が、何か言おうとして動き掛けて、そして閉じられる。

沈黙は、肯定、って。

よく、言うよね。



「…そっか、居るんだね」

居たって当たり前の話。

だって僕たちは高校生で、青春真っ只中な訳で。

勉強だって恋だって、精一杯したいお年頃。



一くんの好きな人は、どんなひとなんだろう。

おしとやかで物静かで、お嬢様?

どんな子が、好きなんだろう?

そう言えば、僕たちはどんな芸能人が好きだとか、そんな話はしたことがなかったから。

だから、よくよく思い返してみれば、僕は一くんの理想のタイプなんてものを想像することが全く出来なかった。



「僕にも、居るんだ。…すきな、ひと」



とてもとても、だいすきなひとが。

あいしているひとが、僕には、居る。



「…でも、一くんには言えない」



一くんだけには、言えない。

言っちゃ、いけない。



「…そうか」

蒼色の瞳が、真直ぐに僕を見つめて来る。

視線の強さに耐えられなくて、僕は目を逸らした。

「…ねぇ、一くん?」

だって、見つめていたら。

想いが、込み上げて来る。

すき、だいすき、って。

言っちゃいけない言葉が、喉の奥から溢れ出しそうになる。



「…も、やめよ…?……キス、するの」



キスは、さ。

すきな人とするものでしょ、なんて。

そんな僕らしくもない純情な言葉、僕には似合わないから。

そっと、飲み込んで。



「オカシイ、でしょ…?」

だって。

「僕たち、両方男の子、だし、」

そうだ。

僕たちは、男で。

普通は、男の子が、もしくは女の子が、異性を好きになって、恋に落ちて、恋をして、愛し合う。

それが、恋愛、なんでしょ?

じゃあ、僕の想いは、オカシイ もの。

(ねぇ、 フツウ って 何?)

オカシイ、って。

君が言ったら、僕はこの恋を忘れられる?

(そう、想いながら僕はずっと君が受け止めてくれることだけを望んでるのに)



「…総司」



挨拶みたいに、小さな悪戯みたいに、軽く触れて来る感触が好きだった。愛しかった。

(すき、と実感するのと、僕たちがキスを交わし合うようになったのは、どっちが先のことだっけ…?)

触れる、優し過ぎる感触は、僕を勘違いさせる。

もしかしたら君も、って、思えるくらい。思えてしまうくらい。

それくらい、君のキスは優しかった。





「僕、先に行くね」



くるりと一くんに背を向けて、鞄を肩に掛けてドアに駆け出した。

一くんが、何かを言おうとしたのに気付いたけれど。

聞けなかった。

聞くのが、怖かった。

(想いを、否定してくれればもしかしたら楽になれるのかも、って思いながらも、僕はやっぱり君に否定されることが何よりも怖かったんだ)





大きい、重い音を立ててドアが閉まる。

まるでこれからの僕らを引き裂く音みたい。

非常階段を駆け下りて、踊り場でしゃがみ込んだ。

そんなに走ってないのに、苦しい。

息切れなんかじゃない。

うまく呼吸が出来なくて、胸が、痛くて、苦しかった。



「…痛…っ」





好き、好き、大好き、あいしてる。

想いが、溢れて来て止まらない。





だって、こんなにも。

「…すき、なんだ」



言いたいのに、言えない。



こんなに、自分が臆病なんて知らなかった。



だって、僕のオカシイ想いを君に伝えたとして。

君が、僕から離れて行ったら。

君が、僕の隣から居なくなったら。



僕はきっと、もう君の前でうまく笑えない。



そんな日が来るくらいなら。

曖昧な関係のままでいい、ただ隣で笑い合っていたかった。

それ以上を求めながら、勇気がなくて踏み出せない。

すき、って気持ちは、きっと誰にも負けないのに。

---------なのに。





「はじめ、くん」

すき が、込み上げる。



君の傍に居たい。

君の傍がいい。





「…すき、だよ」



言えないよ、



もっと 
触って欲しい なんて。






分かってる。



これは、君にとっては恋じゃない。愛じゃない。



君にとって、恋なんかじゃない。愛なんかじゃない。



でも、





(僕にとっては恋だった。愛だった。)













(しあわせな夢は、いつか
必ず終わるから、だから、)


- 夢には終わりを -



斎沖



まるで小さな悪戯みたいに、

そっと交わすキスが好きだった。





一くんが恋心に気付く、

もっともっと前の話。








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