が ん ば る 君 が 、 大 好 き で す


いつにも増して険しい目つきで、宮地は彼女の部屋のドアを睨みつけていた。
・・・と言っても、別に機嫌が悪いわけではなく、ただ気まずいだけだった。


会いたい。けど顔を合わせづらい。


今の心境をもっとも忠実に表すと、こうなる。
インターフォンを押せば、彼女はすぐ出てくるだろう。
早く会いたいのだから、そうすればいいのに、宮地は両手をジーンズのポケットに突っこんだまま、動けないでいるのだ・・・どんな顔をして彼女に会えばいいか、わからなかったから。

(約束破っちまったからな・・・)

WCで優勝するっつったのに、準決勝で敗退。
そんなんで『会いにきました』だなんて、とてつもなく女々しい。
カッコ悪いこと、この上ない。
けれど、なぐさめてもらいたいのだから仕方ない。
悔しいし情けないけれど、今はめちゃくちゃ彼女に甘えたい。

肩を落とし、観念して本音を認めた。
ちらりと横目でインターフォンを見やる。

(あー・・・オレがここに来てるって、気づいてくんねえかな)

そう思った時だった。
宮地の願いどおり、ドアがひょいっと開いた。

「あ、やっぱりもう着いてた。いらっしゃい」
「・・・よぉ」

中から顔を出したのは、2つ年上の彼女。
愛しい彼女は宮地を見上げて、ふあああ・・・と大きな欠伸をした。
その顔を手のひらで覆って、宮地はひたすら不機嫌な口調で罵る。

「おい、花。会って早々あくびすんな。すっげえ不細工」
「うー・・・製図やってて、寝たの明け方なんだよー・・・」

目をぱしぱしと瞬かせて、花は眠気を追い払おうと努力した。
確かに彼氏に見せる顔としては、相当ひどいものだったと思う。
ふらふらと部屋の中にひっこむ花に続いて、宮地も中に入った。

「・・・カレシとのデートより課題かよ」
「違うよ、両方だよー。製図も終わらせたかったし、きぃ君にも会いたかったから。がんばっちゃった」

『清志』だから『きぃ君』と、宮地のことをそう呼ぶのは花だけである。
宮地的には子ども扱いされてるみたいであまり好きではなく、当初はさんざんすごんでやめさせようとしたのだが、花は一向に意に介さず、『きぃ君』で押し通して今に至る。

「コーヒーいれるけど、きぃ君も飲む?」
「・・・飲む」
「先入って、座っててー」

玄関を入ってすぐのキッチンで、花は立ち止まる。
カップを2つ棚から取り出し、コーヒーの準備をはじめる花の後ろを無理矢理通り抜けて(通路が狭いうえに、宮地の体が大きいのだ)部屋に入ると、宮地は足元に転がっていたクッションを拾い、適当なところに座った。
テーブルの上に広がっている、花がほぼ徹夜で完成させたと思われる製図を、見るともなくぼんやり眺める。
頑張ってんなあと感心すると同時に、彼女は自分とはまったく無関係な時間を有意義に過ごしているのだということを目の当たりにして、すこし空しくなった。

ゴロンと床に寝転がり、天井を見上げる。

「どうしたの、きぃ君?」

コーヒーカップを2つ手に持って戻ってきた花は、宮地の様子を見て小首を傾げる。

「・・・別に」

自分からWCの話題を振るのは、気が引けた。
口数の少ない宮地の隣に、花はすとんと腰を下ろす。
そしてカップをテーブルの端に置くと、空いた両手で宮地の頭を持ち上げた。

「よいしょ、と」

掛け声とともに、花は宮地の頭を自分の太腿の上に乗せる。
宮地はというと、されるがままに膝枕をしてもらっているが、相変わらず機嫌は悪そうで。
両目を瞑って、一言も話さない。
普通の人ならビビッて声も掛けられないくらいの雰囲気だが、花はのんびりした手つきで、宮地の頭を撫でる。
閉じた瞼の上を滑り、額へ、そして前髪を梳くように。何度も何度も。

「試合、お疲れさまでした」
「・・・お前、泣いてたろ」
「へへ、見えてた?」
「ったりめーだ」
「・・・お恥ずかしい」

おどけた台詞だったが、その時のことを思い出したのか、しんみりとした口調。
言うなら今しかないと、宮地は重い口を開いた。

「・・・悪ぃな」
「・・・?何が?」
「・・・優勝するっつったのに、負けちまったわ」

口にしたら、もう止められなかった。
奥歯を噛みしめ堪えても、涙は溢れる。
宮地は寝返りを打ち、花のお腹に顔を押し付けた。
髪を撫でていた花の手が、こめかみを伝う涙をぬぐう。

「よしよし。いいよいいよ、服で鼻水かんでも」
「・・・んなことするか」
「そんな鼻声で言われても、説得力なぁい」

くすくす笑う声が、押しつけたところからじかに伝わる。

「・・・あー・・・くそ、カッコわり・・・」
「そんなことないよ」
「・・・あるだろ、勝つって約束したのに」
「きぃ君は、試合の最初から最後まで、ずーっとカッコよかったよ」

惚れ直しちゃったよ、と花は言う。
そういう花の声はとっても幸せそうで。
花のお腹に顔をうずめていた宮地は、そんな彼女の表情を見たくなって、かすかに顔を上げる。
まつ毛に散らばったこまかい涙の粒の向こうに、花の笑顔が見えた。
目が合うと、花は嬉しそうに目を細め、指先で宮地の額をつつく。

「がんばったご褒美に、今日はたくさん甘えていいからね?」
「・・・バァカ」

あーあ、結局こうなっちまった。
本当はオレが甘えるんじゃなくて、オレがこいつを甘やかしたいのに。
いつまでたっても、オレはこいつに追いつけない気がする。

悔しくなって、口をつぐんだ。
花もそれ以上は何も言わず、黙って宮地の頭を撫でている。
気持ちが良くて、そのまま眠りに引き込まれそうになる。

いや、実際のところ、数分意識が飛んでいたようだ。
気が付くと、頭を撫でる花の手が止まっていた。
耳を澄ませば、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。
宮地は心の中で溜息をついて、花を起こさないよう、そろりと体を起こした。
ベッドを背もたれにして、座ったままの体勢で器用に寝ている花。
宮地の頭が太腿の上からどいても、一向に目を覚ます気配はなかった。

「なぁにが『たくさん甘えて』、だ。てめえが寝てんだろが・・・」

文句にいつもの凄みがなかったのは、花の寝顔に毒気を抜かれてしまったからに他ならない。

「・・・サンキュな、花」

お礼を言うと、花はもごもごと寝言まじりに何かを呟いたようだが、さっぱり聞き取れなかった。
おそらく、どういたしまして、とでも答えたのだろう。

(寝ながらにして、律義なヤツ・・・)

呆れ半分に感心しながら、宮地は花の体を抱き上げると、ベッドの上に静かに寝かせる。
そうして夢見る彼女の額に、キスをひとつ、そっと落とした。


がんばる君が、大好きです
どんな君も、ぜんぶ好き



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