F l o w e r R o a d 3


まだ風も冷たい冬の終わり。
唯一の救いは、日差しが春めいてきてるってことだけで、制服にカーディガンだけではまだまだ寒かろう。
ビニールシートの上に猫みたいに丸くなって寝ている花帆を見下ろして、木吉はポリポリと頭をかく。
気持ちよさそうに寝ていて、起こすのが忍びない。

(弱ったな・・・)

出発まで、まだ時間はある。
その間に起きてくれればいいんだが・・・と、木吉は花帆の隣に腰を下ろした。
そうして、今は庭園と言ってもいいくらいに手入れされた校舎裏の水田を所在なく見渡す。

草花が芽吹くにはまだ早い。
けれどきっと春にはにぎやかになるだろう、その風景を想像して、木吉は口元をほころばせる。

「・・・一緒に、見たかったな」

ここに寝ころがって、草花に囲まれて、あの時みたいに空を見上げたかった。
だけどもうタイムリミット。
木吉は今日、アメリカへ旅立つ。
足のリハビリを終えて、日本に帰ってくる頃には、花帆はもう卒業している。

「せめて今日くらいはと思ったんだが」

起きそうにない花帆をちらっと見下ろし、幸せそうな寝顔に苦笑するしかない。

「日本一になったら告白するって言ったの、おぼえてるか?」

当然、花帆からの返事はない。
すうすうと規則正しい寝息だけが聞こえてくる。
花帆を起こさないように、そっと彼女の額に手を置いた。
木吉の手のひらは大きくて、花帆の頭をすっぽり包んでしまう。

(好きだよ、花帆)

ウィンターカップのあと、ずっと言えなくて悪かった。
それから・・・

「いってくる、な」

着ていたカーディガンを脱いで、花帆の体にかけてやる。
そして最後にもう一度だけ花帆を頭をなで、木吉はその場を後にした。


*


眩しい。
寝ながらにしてそんなことをおぼろげに思っていた花帆は、不意にできた日陰に気分をよくする。
おまけに肌寒さがすこし和らいで、なんだか体がぽかぽかあったかい。

(・・・気持ちいい)

もうすぐ春だな、なんて思ってしまう。
春になったら草花が芽吹いて、この場所は今よりずっとにぎやかになって。



木吉くんがいないさびしさも、ごまかせるかな・・・




花帆が目を覚ました時、薄いピンク色の、ものすごーく大きなカーディガンが体を包んでた。
起きあがると、カーディガンはするりと膝の上に落ち、冷たい風が花帆の体をあっという間に冷たくする。
カーディガンの袖に腕を通した。
袖が長くて、指先が出口を見つけられない。

「・・・はは」

起こしてくれればいいのに、かんじんなところで優しすぎるよ。
たった一言でしょう、伝えたい言葉は。

カサっと紙がこすれる音がしたのでカーディガンのポケットを探ると、中からメモが出てきた。
アルファベットがつらつらと書かれている。

(木吉くんの字・・・)

しばらく紙に書かれた文字を見つめていた花帆は、大切にそれをポケットにしまい直す。
そしてふたたび地面に寝っころがった。
大きく息を吸いこんで、空に向かってエールをおくる。

「いってらっしゃい」

木吉くんの早く良くなりますように。
それまで待ってるよ。
おかえりって言える、その日まで。




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