F l o w e r R o a d 2
うす茶けた広い空間を目の前に、おお、と木吉は声を上げた。
「しばらく見ない間に、ずいぶんスッキリしたなあ」
のんびりした独特の歓声に、草むしりをしていた花帆は顔を上げる。
45度限界まで見上げて、ようやく相手の顔を確認できた。
「木吉くん、ひさしぶり。練習お疲れさま」
「ああ、サンキュ」
花帆のねぎらいの言葉に、木吉はへらっと笑って見せる。
眉尻が下がって、どことなく申し訳なさそうな顔。
「結局、ほとんど手伝えなかったな」
「なんの。部活があるなら仕方ないよ」
それに草むしりはずっとしゃがみっぱなしで、膝にもよくないし。
そう言ったら、木吉は困ったように曖昧に笑った。
「・・・すまん」
「そこは『ありがとう』だね」
草むしりの手を止めて、花帆は立ちあがる。
しびれ気味だった膝を伸ばして、ついでに軍手をしたままの手を、えいやっと空に向けて突きあげた。
大きくのびをする花帆の横で、ありがとう、と苦笑まじりに言い直した木吉は、あらためて元・水田だった場所をぐるりと見渡す。
ついこの前まで伸び放題だった水草はきれいに刈られ、敷地の半分は掘り起こした土に埋め立てられ、畑となり。
畑に場所を取られて多少縮小したものの、簡単な水路も整備され、敷地の一角にはきれいな水が張っている。
そこでスイスイ泳ぐ魚たちに目を細め、木吉は感慨深げに呟いた。
「あとすこしってところだな」
「そうだね。土も乾いてきたし。あとは細かい雑草抜いて、地面ならして・・・
一段落したら、小さな花壇も作りたいけど、もう秋かぁ」
秋の花ってなんだろ?と首をかしげると、コスモスだな、と木吉が返事をする。
「いいね、コスモス。丈の高い花がいいな」
「なんでだ?」
「んー、隠れるのにちょうどいいから?」
「隠れる?何から?」
「うまく言えないけど、日常とか忙しさ、とか」
「ああ、それはいいな」
へらっと笑う木吉だが、花帆はビシっと指摘する。
「木吉くんは隠れるの無理かも。身長的にきびしそう」
「そんな!ズルいぞ、平野だけ!」
「えへへ、いいでしょう〜」
花帆が自慢することは何もないのだが、木吉はムスンとふてくされている。
(あらら・・・)
夏の終わりから、ここでよく顔を合わせていた木吉は、頭が良くて、温厚、マイペース。
だけど時々ものすごく子供っぽい。
あんなに大きな体で、顔まで不機嫌になってしまうと、出会って間もない頃は迫力満点でこわかったものだが、今ではすっかり「すねてる」としか見えないから、花帆はつい吹き出してしまった。
「笑うことないだろう・・・!」
「だって、なんか!かわいくて・・・!」
そう言ったら、ますますしかめ面。
「男子にかわいいとか言うな。ヘコむ・・・そうか!」
「・・・?木吉くん?」
そうか!って、何がそうか!なんだろう。
何かを思いついらしい木吉は、まだ平らにならされていないデコボコの土の上をのしのし歩いていく。
そして真ん中あたりまで来ると、くるりと花帆の方を振り返った。
「ここに穴を掘って、オレはそこに入ればいいんじゃないか?」
「だめ!」
そんな奇天烈な理由で、穴を掘られてはたまらない。
花帆が間髪入れずに却下すると、木吉はしょんぼりとうなだれた。
「そうか、名案だと思ったんだが・・・」
「全然名案じゃなーい!そんなことしなくても、普通に地面に座るなり寝ころがるなりすれば・・ああっ!」
花帆が悲鳴を上げたのは、木吉が花帆の言葉通り、その場に寝ころがったからだった。
ごろんと地面に大の字になって、木吉はのたまう。
「おお、これはいいな!」
「ここここ、こらー!ずるいよ、木吉くん!わたしが一番にそれやろうとしてたのに・・・!」
「ん?そうなのか?」
「そうだよ、そのためにがんばってきたのにー・・・!」
「そうか、そりゃすまん」
木吉は上半身を起こすと、ひらひらと花帆に向かって手招きした。
「平野も来いよ。気持ちいいぞ」
「来いって・・・まだ土が湿ってるでしょ」
「ん?そうか?じゃあこれでいいか」
ジャージを脱いで、なんの躊躇もなくバサっと地面に敷く木吉。
おまけにぽんっとその上を叩いて、言外に「平野はここに寝ころがれ」と言っている。
「・・・ジャージ、汚れるよ?」
「さっきので、もう汚れてる」
「いいの?」
「くどいぞ、平野」
「・・・じゃあお言葉に甘えて」
失礼します、と一言ことわって、花帆は木吉のジャージの上に横になった。
「うわあ・・・気持ちいーい・・・!」
「だろ」
相槌を打つ木吉に、花帆はいたずらっぽく言った。
「まったく・・・わたしが一番に、この空をひとり占めする予定だったんだけどなぁ」
「いいじゃないか、ふたりで見れば」
木吉もふたたび寝ころがって、二人はしばらく黙って空を見つめていた。
沈黙を破ったのは木吉の方だった。
「なんかこう・・・今ならなんでもできるような気がするな」
「今は、えーとウィンターカップ、だっけ?」
「ああ」
「応援してるよ、ここから」
「会場まで来てくれないのか?」
「んー、決勝くらいは」
「そっか。そりゃがんばらないとな」
よいせ、と体を起こす木吉。
そろそろ練習が再開する時間だ。
花帆は寝ころがったまま、動かない。
「負けたら、好きな子に屋上から告白だっけ?」
「ああ、全裸でな」
「ふふ、ファイト」
応援しているような、面白がっているような花帆の口調に、木吉は口をへの字にする。
「応援しているように聞こえないぞ、平野」
「勝ってほしいけど、全裸で告白も見てみたいような」
笑いながら花帆も起きあがって、木吉のジャージの上からどいた。
湿って土まみれになったジャージをバサバサとはたいていると、木吉が怒ったように何か言う。
「・・・オレはしない」
「ん?なんて言った?」
「試合に負けて告白なんて情けない真似、オレはしないよ」
力のこもった台詞に、花帆はたじろく。
「えー、っと・・・それはどういう」
「試合に勝って、告白する方がかっこよくないか?」
「いやいや、それはそうだけど。そうしたら勝っても負けても告白ってことに」
「負けて告白なんてことにならないように、勝ってくる」
木吉は花帆が持っていたジャージを受け取ると、反対の手で花帆の頭をぽんと撫でた。
「応援、頼んだぞ」
ぽかんとしたままの花帆に背を向けて、木吉は行ってしまった。
その姿が見えなくなるのほぼと同時に、花帆はその場にしゃがみこむ。
「・・・不意打ち」
木吉が撫でてくれた頭を抱えて、毒づくのがせいいっぱいだった。
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