F l o w e r R o a d 1


校舎裏の池・・・もとい水田の前で、花帆は作業用シャベルを、よいせっと地面に下ろした。
ドスン、と鈍い音がして、柔らかな土にシャベルの先端が突きささる。
用務員室からここまで運んだだけなのに、すでにうっすら汗を掻いていて、花帆は額の汗をタオルでぬぐった。
朝の涼しいうちから作業をすれば少しは楽だろうと、がんばって早起きしたのだけど、ただの気休めになりそう。
肩にかけていたタオルを外して、ギュッと頭に巻き、気合を入れる。

すると背後から足音がした。
なんだかやけに慌てている。

「ちょっと待った・・!」

気合十分なところに待ったが掛かり、花帆のやる気はカクンと抜けてしまう。
もう・・・と心の中で声を掛けてきた相手に文句を言いつつ、肩ごしに後ろを振り返る。
声の主は意外と近くまで迫っており、花帆は思わず体を引いてしまった。
身の危険を感じたのである。

「わあっ・・・!?」
「すまん、驚かせるつもりじゃなかったんだが・・・!」

どうやら花帆が驚いたのは、急に声を掛けたからだと勘違いしているみたいだ。
そうじゃなくて、花帆が驚いたのは相手の体格。
見上げるほどの長身で、ガタイもいい。
太陽の位置によっては、よい日陰を作ってくれそう・・・なんてどうでもいいことが頭をかすめるくらいに、花帆は目の前の男子生徒の体の大きさにびっくりしていた。

一方の相手は、その大きな体をかがめて花帆に謝ると、花帆が隣につき立てたシャベルに手をかける。
つい目がいってしまったその手の大きさに、花帆はまたしてもおののいてしまうわけだが、相手はそんな花帆に向かって、困ったように聞いてきた。

「これで何をする気だ?」

へにゃんと眉尻が下がり、愛嬌がある。
身を固くしていた花帆は、その表情にほっと緊張をといた。
相手の質問に答える余裕もできたのだが、何をする気だとはいったいどう言うことか。
シャベルの役割と言うのは土を掘り起こすことで、あらためて聞かれるようなことではない気がする。
相手の質問の意図がわからず、花帆はこれから自分がやろうとしていたことを説明した。

「えっと・・・土を掘り起こして、水田を埋めて、畑にしようかと」
「早まるな!」
「ええっ!?」

この人、わたしの話を聞いてるのかな、会話にならない・・・!と、さっきとは別の意味で引いた花帆。
その上、相手がシャベルにすがるようにしてしゃがみこんだので、失礼だとは思いながらも、ついに一歩だけ後ずさって距離をとる。

「よく見てみろ、ここ」
「え?どこ?」
「ここだ、ほら」

男子生徒が指さしているのは、水田の淵だ。
足の位置はそのままに、首だけ出して花帆は水たまりをのぞきこむ。
水面が太陽の光を反射して光っていて、水の中はとても見にくい。
じりじりと体ごと(しかたなく)水面に近づき、花帆は、あ、と声を上げた。
水の中を、小指の先ほどの小さな魚がスイスイ泳いでいる。

「魚がいたんだ・・・」
「ちっちゃいから見落としても仕方ないけどな」

男子生徒はそう言いながら、制服のポケットからビニール袋を取り出す。
そして中に入っているものをパラパラとまいた。
用意周到にエサを準備していると言うことは、彼は前からこの魚の存在に気がついており、定期的にエサをやっていたのだろう。
そんな現場に、シャベルを持って花帆が現れたのだから。

(慌てもするよね)

大きな体を丸めて、ニコニコとエサをやっている男子生徒を、花帆はチラっと盗み見る。
魚のすみかを壊してしまうことはもちろん、この人からも楽しみを奪ってしまうのも気が引けた。

「・・・うーん、困ったなぁ」
「水田を埋めるって、全部埋めなきゃいけないのか?一部は残しておくって、できないのか?」
「うん、それでもいっか」

そもそも一人でこの水田を全て畑にするのは、かなり大変だろう。
少しずつ、できるところから整備していけばいい。

「じゃあ魚のいないところから、開始しようかな」

花帆が魚の観察を止め、立ちあがってのびをすると、エサやりを終えた男子生徒はビニール袋をポケットにしまい、花帆を見上げた。

「それにしても畑にするって、なんでまた?」
「なんでまた、と言われても。そこに空き地があるから、なんて」
「なるほど、そうなのか」
「ええっ、頷いちゃうの?今ので!?」

花帆としては冗談のつもりだったのだが、男子生徒は真面目に受け止めたようだ。
不思議そうに首をかしげた。
黒目がちの瞳にまっすぐに見つめられ、花帆は気おくれしてしまう。
うっとのけぞった花帆に、男子生徒はなおも疑問を投げかける。

「違うのか?じゃあなんでだ?水田のままでもいいんじゃないか?」
「だって・・・もったいないなって思ったんだもの」

男子生徒の勢いに圧されて、花帆はポソっと答えた。
水草がぼうぼうと生え、荒れ果てた水田に、花帆の声がさみしげに響く。

元は園芸部が管理していたようだが、園芸部が廃部になり、誰の手も加えられず。
ずっと放置されていた校舎裏の、この場所。
偶然ここを見つけた花帆は、教師や用務員に許可をもらって、手入れすることにしたのだ。

人気が少ないこの場所は、息抜きにはとてもいい。
それに誰も知らない場所と思うと、隠れ家を見つけたみたいでワクワクした。
・・・目の前の男子生徒は、花帆よりも先にここを知っていたわけだが(正直、くやしい)。

すみっこにはベンチもあって、お弁当を食べてもよし。本を読んでもよし。
ただ息抜きには最適だけど、あまりに荒れ果てていて、そこだけが問題と思っていた。
なんと言うか、ぼけっとここにいるといろんなことがどうでもよくなって・・・ありていに言えば、授業をサボってもいいかって気になってしまうのだった。
景色と一緒に、心も褪せてく感じ。

これはよろしくないと言うわけで、一念発起したのだった。
園芸が趣味の母からアドバイスももらったし、図書室で本を借りて下調べもした。
特にやることもなかった学校生活にできた、ひとつの目的。
こっそり楽しみにしていた裏庭改造計画。

雑草を取り払って、水田を埋めて、寝ころがれたらいいな。
小さな花壇を作ってもいい。

そんなひそかな野望を隠すように、花帆はもごもごと話を続ける。

「これだけ荒れ放題ってことは、校内にこんな場所があること、みんな知らないと思うんだ」
「だろうなぁ、オレもここでキミ以外の生徒に会ったことないしな」
「ね。そんな、その・・・隠れ家みたいな絶好の場所をさ、ほうっておくのってもったいなって。
 どうせなら居心地よくしたいなって」
「なるほど、それは名案だな!」

よし、と頷いて、何故かシャベルをがっしりと握る男子生徒。

「じゃあ始めるか!」
「ええっ!?な、なんでそうなるの・・!?」
「なんでも何も、ここがもっと居心地よくなるなら、それに越したことない」
「いやいや、そんな・・・!わたしがやるから!」
「手伝わせてくれ。オレもこの場所、好きなんだ」

花帆が重たい思いをして持ってきたシャベルを、軽々と引き抜いて、男子生徒はにっこり笑った。

(そんな顔されたら・・・!)

ヒマワリみたいな笑顔を見せられては、これ以上NO!とも言えない。

「うう、一人で挑戦してみたかったんだけど・・・そこまで言うなら」
「よし、どこから耕す?」
「まずは雑草を抜くところから。根が深いヤツはシャベル使って」
「わかった・・・っと。そうだ、自己紹介。オレは木吉鉄平、キミは?」
「平野花帆。よろしくね、木吉くん」
「おう、力仕事は任せとけ」
「うーん、力仕事しかないと思うんだけど」

どうにも会話がキまらない。

(でもなんか)

楽しいな、って思って、花帆も頬を綻ばせた。




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