祈りのレジストル



---聖なる夜、あの場所なら、どんな罪も赦されると思ったんだ。

「なぁ!ちょっと寄り道していい?」

最初は、リアシートに乗せたミナコをWest Beachから彼女の家まで送り届けるための道のりだった。だけど、俺を後ろからしっかりと抱きしめる腕を、背中から伝わる彼女のぬくもりもカタチも、離したくなかった。このままじゃまだ、帰せないと思った。そのときふいに脳裏をよぎったのが、この季節に咲くはずのない、あの教会のサクラソウだったんだ。

「寄り道?いいよ!」

身を切るような冷たい夜の風に乗って、ミナコの明るくはずんだ声が耳に届く。冬特有の澄んだ空気に浮かぶ三日月を頭上に掲げ、向かう先はあそこしかないとグリップを開き加速した。

「教会…、久しぶりだね」

ほどなくして辿り着いた深夜の教会。当然そこには俺たち二人の影しかなくて、ダメモトで押し開けた扉はいとも簡単に俺を受け入れた。

「寒くない?」
「うん、平気だよ」

今夜開催されたクリスマスパーティーのためにと、煌びやかなアクアブルーのドレスにダッフルコートを纏ったミナコは、笑顔で白い息を吐きながら、手を繋ごうと差し出した俺の手のひらに指を絡めた。

「なにも変わんないな…ココは」

月明かりに照らされ青く輝くステンドグラスのもとへ歩み寄る俺の後ろ姿を、ミナコの足音が追いかけてくる。左右に並べられた長椅子の一角に彼女を促したあと、罰当たりを覚悟で銀色の十字架が掲げられた祈祷台に飛び乗った。

「琉夏はクリスチャンなの?」

あどけない眼差しで問いかけてくるミナコに、俺はすべてを語った。そのすべてを、ミナコは動揺を隠せないながらも真正面から受け止めてくれた。俺のただ唯一の戒めを、その両手で…。それから、こんな風にも言ってくれた。

「わたしが、いつか琉夏に家族を作ってあげる」

---なぁ、ミナコ?涙ってさ、嬉しくっても出るもんなんだな。

「……琉夏…?」
「……ん?」
「泣いてる…の?」

悟られたくなくて、たまらずに駆け寄ってミナコを抱きしめたけれど。ためらいもなく俺の背中に回された腕は、きっとぜんぶお見通しだったんだよな。

「ハハッ。そんなワケないじゃん。ヒーローは決して涙はみせないぜ?」

咄嗟に天井を見上げ、今にも頬を伝い落ちそうだった涙をギリギリのところで堪えて、肩越しに抱きしめていたミナコから顔を上げてわざとらしく彼女と目を合わせた。

「……」
「…ミナコ?」

二人の吐息さえも響かない静寂と暗がりの中で、ひたむきなミナコの双眸が俺を見つめる。目をこらせばそれは微かに涙で潤んでいるようにさえ見えた。
---俺は、これまでにどれだけこの漆黒色の瞳に見つめられ、何度抱きしめたいと思っただろう。キスしたい、抱き合いたいといってもそのすべてを冗談としか捉えてはくれなかったミナコ。使い回しの理性の限界は、もうすぐそこまできていた。

(---ダメだ)
「そんな顔されるとさ。ちゅうしたくなっちゃうんだけど…いいの?」
(これ以上は…もう)
「……」

彼女はなにも応えない。きっとこれは暗黙の了解。このままキスをしてもミナコは俺を赦すだろう。でも、そこから先は歯止めが利かないとわかっているのに自らの手でたがを外すわけにはいかない。

「……なんちて」

そう、いつものように何気なくサラリと交わしてしまえばいいだけだ。---そろそろ帰ろう。冷気で冷えきったミナコの頬に手を伸ばし、踵を返そうとしたそのときだった。ほんのり甘い香りを漂わせるミナコの華奢な体が、俺の胸元めがけて飛び込んできたのは。

「っ!…ミナコ…?」
「……だめ。帰らない。帰れないよ…」
「え…っ?」
「わたし…、このまま琉夏をひとりになんてできない…っ」

小さな肩を小刻みに震わせているのは、寒さのせい?それとも…。どんなときだって受け身でしかなかったミナコからの突然の包容に柄にもなく動揺してしまった俺は、目下にある彼女を抱きしめかえすこともできずに立ちすくんでいた。

「今夜はずっと…、琉夏と一緒にいる」

一層強く、痛むほどに絡みつく細腕。このままミナコの思いを受け入れ彼女を抱き留めてしまえば、ずっと欲しくてたまらなかったものが手に入るんだ---。目の前で起こっていることすべてが夢のようで少し怖かったけれど、無造作に掲げた腕に抱きしめたミナコのぬくもりはニセモノじゃない。

「……なぁ、もう一回…言って?」
「…え…っ?」
「ずっと、琉夏と一緒にいたい…って」
「…もう……。ずっと、琉夏と一緒に---」

すべて言い終える前に、ふいをついて塞いだ唇。思った以上に冷たくて、甘さは微塵もないけどまるでアイスクリームみたいだねって、自然とぶつかり合った額の下で、笑った。





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