繊細な愉悦
抱き合ったあとの気だるい余韻の中で、下着姿でペットボトルのミネラルウォーターを飲み干す琉夏の背中をベッドの中から眺めるひと時が好き。そうすると、決まって彼は「ミナコも欲しい?」って、わたしを振り返るから…
「琉夏が飲ませて?」
「……いいよ」
クイッと一口だけを口に含むと、琉夏はシーツを纏い横たわってるわたしを覗き込むようにして唇を重ねる。うまく飲み込めなかったものが、顎から喉を伝い、鎖骨へと流れ落ちた。
「…ヤバい。その顔、超色っぽい」
「そう…かな」
「そうなの。だからもう一回…ダメ?」
「ダーメ。そろそろコウくん帰って来る頃でしょ?下におりてご飯作らなきゃ」
わたしの制止をよそに首筋に絡みつく琉夏のキスからスルリと抜け出し、床に散らばった衣服を拾い集める。
「チェッ。ミナコのケチ」
「いいから、ほら早くっ。琉夏も着替えて?」
下着を身に着けたところで、足元にあった琉夏のTシャツを手に取り、ベッドに寝転ぶ彼めがけて放り投げた。
「……なぁ」
「ん?」
「そんなにコウのことが気になる?」
「えっ?」
「二人っきりのときくらい、俺のこと優先してよ」
そう、唇を尖らせて拗ねてみせる琉夏は本当に甘えん坊だ。男らしくて頼りがいのあるコウくんとは違う。だけど、わたしにとってコウくんは琉夏の…好きなひとのお兄ちゃんだから役に立ちたいと思ってるだけで、当然そこに何か特別な感情があるわけじゃない。
「わたし、いつだってコウくんより琉夏のこといちばんに考えてるよ?」
時間が許す限りこうして抱き合っているのに。こんなに好きなのに。それでも琉夏は不安になるの?
「そんなに信用ないかな。わたし…」
いまも所々に琉夏の感触が残る体。両腕を胸元で交差し左右の二の腕に爪を立て下唇を噛む。
「あぁ、ゴメン。いまのナシ」
そう言って、琉夏はムクリと体を起こし頭を抱えたかと思うと、今度は急ピッチで自身のTシャツに袖を通した。
「ホント、ゴメンな。俺、また変なこと言っちゃった。忘れて?」
その場に佇み、黙って琉夏の動向を見守っていたわたしの腰を、ベッドサイドに腰かけた彼の温かな両腕が抱き寄せる。
「俺とエッチしたばっかなのに、オマエの頭ん中にはもうコウがいんのかと思うとムカついてさ…」
「…もしかして…妬いちゃったの?」
「妬いちゃったの。ハァ…カッコわる」
目線を下ろせばすぐそこにある金色の髪を、何度も何度も丁寧に撫でる。そうすることで鼻先を掠めるのは、そこから漂う優しく甘い琉夏の匂い。到底琉夏には言えないけれど、ついさっきまで彼を受け入れていたいちばん深い場所が、下半身に伝わるぬくもりのせいでまた少し疼いてしまった。---時が許すなら、このまま、朝がくるまで…
「あっ、コウだ」
琉夏が声を上げた瞬間、窓の外から聞こえてきたのはけたたましい排気音。
「鍵、開けてあげなくてもいいの?」
「ヤダ。もうすこしだけ…このままがいい」
まるで母親にすがる子供のように、琉夏の腕がキツく絡みついて離れない。---コウくんがここへ来るまでね。わたしを見上げた彼に、精一杯の大人のキスを捧げた。