どうしても君がいい


今日一日、琉夏とコウちゃんの顔をまともに見ることができなかった。昨日West Beachでいがみ合ってる二人を偶然目にしてしまったから。あんなに仲の良かった二人の間に亀裂を入れてしまった、原因はわたしだ。誰に言われたわけじゃないけれど、遅かれ早かれこうなることはわかっていた。二人の、わたしへの思いに薄々気付いていながら、その居心地のよさに甘えていつだって思わせぶりな態度で接してきた、これは神様から与えられたわたしへの罰だ。もしかしたらもう二度と、琉夏に笑顔を向けられることも、コウちゃんの優しさに触れることもできないかもしれない…。

「バ〜ンビッ!ねぇっ、お茶して帰らないッ?」

学校内での長い長い一日がやっと終わりを迎え、人ごみに紛れるようにして校門をくぐり抜けようとしていたわたしの背中を、カレンの明るく伸びやかな声が呼び止める。

「あっ…カレン、ごめん。わたし、今日は…」

とても女友達とはしゃぐ気分にはなれなくて、カレンからのお誘いを断るためにと言葉を選んでいたわたしの視界に、校門を目指して歩く生徒たちの中、群を抜いて頭ひとつ分も大きな人影が映る。コウちゃんだ。その隣には琉夏もいる。---ダメだ。このままここでカレンと立ち話なんてしてる場合じゃない。二人と鉢合わせしてしまう前に、早くここから逃げなきゃ…。

「えええ〜っ。ざんねん〜っ。じゃあまた---」
「行こうカレン!」
「えっ?」
「いいから早くっ!」

そのとき、こちらに気付いた琉夏がわたしの名前を叫んだ気がしたけれど、事情をまったく把握していないカレンの手を引き、無我夢中で走るわたしの思い過ごしかもしれない。ただ、背後にいるはずの琉夏とコウちゃんに、心の中で何度も何度も、届くはずのない“ごめんね”を伝え続けていた。

---そこから先のことはあまり覚えていない(許してカレン)けど、商店街で欲しくもないアクセサリーを買い、食べたくもないアイスクリームに口をつけたと思う。隣にカレンの笑顔を感じながらも常にわたしが脳裏に思い浮かべるのは、悔しいくらい桜井兄弟の…琉夏のことだった。

(わたし…今日だけで何回琉夏に名前を呼ばれただろう…)

二人と同じクラスじゃないことを今日ほど幸運に思ったことはない。だけど、当然避けたくて避けてるわけじゃない。ただ、目と目を合わせるのが怖い。わたしと琉夏が次に向き合ってしまったとき、今度こそ本当に“いつも楽しくバカばかりしてる幼馴染三人組”の肩書きが音を立てて崩れ落ちてしまうとわかっているから。

「じゃあ、また明日学校でね」

駅前でカレンと別れたとき、周囲に立ちはだかるビルのネオンがとても眩しく、そういえば帰りが遅くなると家に連絡するのを忘れていたことに今さら気付いた。とっくに帰宅しているだろうお父さんに怒鳴られるかもしれない。だけど、これがあの二人から逃れるための最良の手段だというのなら、言い訳なんていくらでもする。これを機に“門限17時”とでも言われてしまえばそれも好都合だ。

(…あ、あのケーキ屋さん。オープンしたんだ…)

バスに揺られ、窓に映る黒に染まった街並みを無意識に眺めていると、以前琉夏とバイクで通りがかったときには開店準備中の札がぶら下がっていたお店に明かりが点っているのが目についた。オープンの日には二人でやって来て、記念のケーキをお腹いっぱい食べようねって約束をしたあの日。何気なく交わした約束だったけれど、琉夏ならきっとかなえてくれたはず。

(いつだって生活苦…なのにね)

人知れず口角を上げふいに目線を逸らせば、停留所から新たに乗り込んで来た琉夏と同じ髪色をした男の人が視界を過ぎる。一瞬、琉夏じゃないかって…思ったけれど、West Beachとは逆方向のこの場所に彼がいるはずがない。

(重症だ…。わたし…)

昨日はどうしていいかわからずに、悩むばかりでまともに眠れていないせいかもしれない。でも、いまのわたしには周りにいる男性がみんな琉夏に見えてしまう。斜め前に座っているおじいさんも、横に立っているおじさんもみんな…。琉夏に言ったら「ケンカ売ってる?」って怒るかな。たった一日琉夏と言葉を交わさなかっただけで、顔を合わさなかっただけでこんな禁断症状が出てしまうほど、わたしは琉夏のことが……

(---好き、なのかな…)

バスを降り、そこは自宅へ続く通い慣れた道。だけど時間が時間なだけに、いつも聞えてくる子供たちの元気な声も響かない。明日は、どうやってやり過ごそう。あとどれだけ耐えれば、琉夏とコウちゃん。二人を傷つけずに済む答えを見つけられるんだろう。そんなことをひたすら考えながら、子供の頃よく三人で遊んでいた公園の前に差しかかったとき、下を俯き歩いていたわたしをまばゆい光が照らした。

「っ…?」
「コラ。どこで道草くってたの?」

暗い園内に目を向け、聞き慣れた声を頼りに辺りを見回すと、薄暗い照明の下に停めたバイクに跨り唇を尖らせている琉夏の姿がそこに。

「る…か?」
「オマエ、一日中俺のことシカトすんだもん。しょうがないから待ち伏せなんてダセェマネしちゃった」

そう言ってバイクから飛び降りた琉夏が、わたしのもとへ駆け寄って来る。---どうする?また逃げ出さなくていいの?感情は、とても正直だ。やっと会えた、とわたしに微笑みかける琉夏の笑顔に、嬉しくて、体が強張って動かない。逃げるどころか、わたしの方こそ会えて嬉しい。それが素直な気持ちだった。

「……ゴメンな。ミナコ」

ひと気のない道の路肩で、向かい合う二人。わたしを見下ろす琉夏の表情は暗くて上手く読み取れないけれど、唐突に彼が発した言葉から容易に察することができた。

「昨日の俺とコウ…俺が、オマエに余計な負担、かけちゃったんだよな。顔、見たくないって言われても当然だって思ってる」

---違う。違うよ琉夏。そうじゃない。

「けどさ。コウだけは、いままでどおり接してやってほしいんだ。前にも言ったろ?アイツ、あんなツラして寂しがり屋だって」
「……」

琉夏はいつだってそうだ。自分のことより周囲にいる人の都合をいちばんに考えて、本当に欲しいものが欲しいと言えない。単に認めるのが怖いだけ?それとも、わたしのことが好きだって言ってくれたこと自体ウソだったの…?

「そんだけ!あ、俺がここへ来たこと、コウには内緒ね」
「……」
「っと、いけね。早く帰んなきゃおうちの人に叱られちゃうよな。そこまでだけどヒーローが責任もって送る---」

---あなたと同じ気持ちだと知ったわたしの思いは、どうなるの?

「この前見た駅前のケーキ屋さん。オープンしてたよ」
「…えっ?」

突然、突拍子もないことを言い出したわたしを、バイクの元へ戻ろうとしていた琉夏の背中が振り返る。

「琉夏、連れてってくれるって…言ったよね?」
「っ、…ミナコ……」
「…言ったでしょう?」
「……」

琉夏はわたしを見据えその場に佇むだけで何も言ってはくれない。言えないんだ。だけどわたし自身もこれ以上本心を隠し通すことはできない。限界だった。

「わたしにはコウちゃんと琉夏、どっちかだなんて選べない。だけど、これだけは言えるよ?」
「……」
「琉夏が一緒じゃなきゃ…、誰といても何をしても楽しいと思わないし、思えない」

バスの中で、間近にいるひとたちがみんな琉夏に見えてしまったときのやりきれない思いが、涙にカタチを変え一気に溢れ出す。

「わたしは琉夏じゃなきゃ…」

---ダメなの。涙声で必死に紡ぎ出した言葉の語尾は、制服を着たままの琉夏の胸元に弾かれ、わたしのすべてを包み込むように優しく抱きしめてくれる彼の腕の中は、思っていた以上にあたたかだった。

「……そんなの…俺だってそうだ…。ホントはコウにだってオマエを渡したくない」
「琉夏…っ」
「けど…それでいいのかなって…。……俺…、オマエと一緒にいても…いいのかな?」

溜め息混じりに呟いた琉夏の吐息が、こめかみを掠める。甘酸っぱい彼の香りを空気いっぱいに感じながら、背中に回した腕にぎゅっと力を込めた。

「ずっと…わたしのそばにいて…?」

---互いの存在を、誰よりいちばん近くに感じられる距離に。

「……うん。いいよ?俺、ミナコのそばにいる。迷惑だって言っても、離れてなんかやらない」
「言わないもん…っ、そんなこと…絶対…っ」

この日の夜に二人が出した答えを知れば深く傷ついてしまうひとがいることを、わたしたちは痛いほどわかっていた。でも、全身に伝わってくる琉夏の体温と、彼の肩越しに広がる黒い空に浮かんだ満月だけは、それでいいんだよって…すべてを赦してくれているような気がして…。


2010/12/14/The






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