――雪が、降っている。


一体ここがどこなのか把握できないほどの、辺り一面真っ白な雪景色。ぼんやりとかすむ目を凝らせば、視界を埋め尽くした見覚えのある懐かしい風景に胸が詰まる。幼い頃と何ひとつ変わらない姿をしたその場所に、俺はひとり佇んでいた。

「琉夏!」

白い息を吐き出しながら頭上に広がる真っ青な空を仰いだ瞬間、ここにいるハズのないミナコの声に呼ばれた気がして、咄嗟に後ろを振り返ると――、そこに。

「へへっ。どう?似合うかな?」

目の前を散らつきひらひらと落ちてゆく“それ”とまったく同じ色をしたドレスに身を包んだミナコが、満面の笑みを浮かべ立っていた。

「っ…ミナコ?オマエ、それ…」
「何言ってるの?琉夏。わたし、今からコウちゃんのところにお嫁に行くんだよ?知ってるでしょ?」
「え…っ?」
「琉夏がいつまでたっても迎えに来てくれないからだよ。……もう待ちくたびれちゃった」

そう、伏目がちに呟いた深紅の唇。その肌は透き通るように白く、纏っている衣装にも引けをとらない。――綺麗だ。柔らかな新雪の積もる地上にまで靡くベール。「触れてもいい?」髪に届く距離まで伸ばした手のひらを振り払う代わりに、もう手遅れだとミナコは冷ややかに微笑んだ。

「バイバイ、琉夏。いままでありがとう。わたし、幸せになるからね」

――どこから摘み取ってきたのか。一輪のサクラソウを差し出す指先が、唇に触れる。そしてそれを受け取った俺から徐々に遠ざかってゆくミナコの背中。行くなと叫びたいのに声が出ず、駆け出して連れ戻したいのに足が雪に深く埋まって動けない。

(ミナコ…ッ!)

無我夢中で差し伸ばしつづける腕を、視界を、激しく吹雪きはじめた雪が遮る。

(前が…、見えな…ッ)
「イ…ヤだ…、ミナコ…ッ」
「……るか?」
「行くなぁーッ!」
「きゃあっ!」

やっとの思いで声になったと認識した途端、手元に感じる温かなぬくもりと確かな存在(カタチ)。

「っ?…あ、れ?」
(いまの…夢――、だったのか?)
「もうっ!いきなり起き上がって…っ!ビックリするでしょう!?」
「……ミナコ?」

我に返り周囲を見渡してみると、いま俺は学校の裏庭にそびえ立つ桜の木の麓に横たわっていて。無意識のうちに強く握りしめていたのは、ミナコの手首だった。

「元はといえば、琉夏に待ちぼうけさせちゃったわたしが悪いんだけど…。まさか本気で熟睡してるとは思わなかったよ」
「…うん。俺もそう思う」
「っ?もしかして、まだ寝ぼけてる?」
「…かも。ゴメン」

本当は、いまも脳裏を掠める夢の残骸があまりにも現実味を帯びていて、そこからうまく逃げ出せずにいるだけだ。

(だってそうだろ?コウとオマエが、だなんてさ)
「それにしても、よくこんな所で眠れるよね。確かに陰ってるし、日光浴みたいで案外気持ちいいのかもしれないけど」
「あ、そっか。いまって夏、なんだよな」
「え?」

全身を刺す太陽の熱と、額からこめかみを伝い流れ落ちる汗が、一瞬にして俺をリアルに覚醒させた。

「……琉夏、大丈夫?やっぱり暑さでどうかしちゃったんじゃ…」
「ハハッ。平気。そんなんじゃない」

芝生の上に寝転がったままでいる俺の顔を覗き込むのは、ミナコの怪訝そうな眼差し。なんでもないと真っ向から否定しても、そう簡単に信じてくれそうにもない。

「……ねぇ、琉夏?」
「ん?」
「あの…、そろそろ離してくれない…かな」
「えっ?…あっ、ゴメン」

ミナコに諭されて初めて、目を覚ましてからずっと、その手を掴んだままだったということに気付かされた。俺としては、このまま繋いだままでも全然よかったのだけれど。

「さて、と。じゃあ、帰ろっか」
「…うん」
「待たせちゃったお詫びに、カキ氷奢ってあげる」

その場に立ち上がり、笑顔で俺を振り返るとミナコは、解放された手のひらでスカートに付着した雑草や泥を手際よく払い落としていく。

「ほらっ、琉夏も。早く起きて!」

――そして、俺に向かい一直線に差し伸ばされたのは、俺のそれよりひとまわりもふたまわりも小さな手のひら。

「……」
「?どうしたの?」

それは紛れもなく、さっきみた夢の中の出来事とは真逆のシチュエーションだった。――今度は、間違いなく届くんだな。オマエに。

「ねぇ、琉…」
「ミナコ」
「っ、…なに?」

自身で横たえていたカラダを起こし、腰は地面に下ろしたまま、そこからミナコを見上げじっと見つめる。まばゆいほどの木漏れ日が差し込むこの木の下で、俺がオマエに告げておきたい言葉(おもい)。――後悔は、したくないんだ。

「ひとつだけ、俺と約束してくれない?」
「…約束?」
「これから何年か先、俺たちが変わらずこうして二人一緒にいたら、その時は…」

――雪のような純白のウェディングドレスを纏って、永遠に俺だけのオマエになると。

何も言わず、何も問わず。答えすら返さないミナコのぬくもりを、腕の中にだけ感じる。

「待ちくたびれたとは言わせない。誓うよ」




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