きみホリック


「そこのキレイなお姉さん。ケーキ買ってかない?」

真っ赤なサンタクロースの衣装を身に纏い、頭上にはサンタハット、口元を白ヒゲで覆った俺の傍を、このときまでにいったいどれだけの人が素通りしただろう。今夜はクリスマスイブ。本当なら今頃はアイツと…ミナコと二人っきりの夜を過ごしてるハズだった。なのに、今朝になって突然のキャンセルの電話。「ごめんね、琉夏。今夜、朝まで仕事が入っちゃった」俺より一足先に社会人になったアイツ。急なドタキャンも珍しいことじゃない。でも今日は、今夜だけはそんなこと知るかよって…すっぽかしちまえよって言いたかった。だって俺はこの日のために、デートもそこそこに毎日暇さえあればいろんなバイトを詰め込んで、アイツに贈るプレゼントを買うためだけに頑張ってきたのに。---ミナコの喜ぶ顔が見たい。その一心で。

「あ、ねぇ、お兄さん。これ、彼女にひとつどう?」

真っ赤なサンタクロースの衣装を身に纏い、ちらちらと粉雪が舞い落ちる空の下で俺はひとりクリスマスケーキを売りさばいている。ちょっとした勘違いからこの仕事を入れてしまったイブの夜。ちゃんと断るつもりだったのに、まさか本当に働くハメになっちまうなんて…。

「…ハァ。…もう、スゲェさみしい…。泣きそう」

まだまだ終わりの見えない在庫(ケーキ)を積み上げたテーブルの下にしゃがみ込み、濡れた地面に向かって溜め息を吐く。家に独りでいるのだけは絶対に避けたかったから、何かをしながらココへいられるのは好都合だった。目の前を行き交う恋人たちの幸せに満ち溢れた笑顔が空虚感をより大きくさせるけれど。

(コウに電話して…、遊んでもらおっかな)

だけどそんなことをしたらアイツのことだ。「俺をコマ代わりに使うんじゃねぇ」ってキレるだろうな。それに、ミナコに会えないからって凹んでる俺を見て面白おかしく笑い飛ばされるのがオチだろう。

「……寒ぃ…」

こんなことになるのなら、やっぱり家でコタツに入ってテレビでも観てた方がよかったのかな。明日になれば、ひょっとしたらミナコから「今から会えるよ」って連絡がくるかもしれないし。そうしたら、そのときにこれを…

「……」

不意に衣装の下に着てあるジャケットのポケットに手を入れる。もぞもぞと中を探れば、そこにあるのは小さな箱。ミナコへのクリスマスプレゼントだ。指輪は卒業式の時に渡してしまったから、今度は腕時計を買った。これからもずっと、同じ瞬間(とき)を過ごそう。二人で。そんな願いを込めた、俺のたったひとつの夢のカタチ。

「…っ、よし。もうひと頑張りだ」

いつまでも足元を眺めてたって何も変わらない。さっさと仕事を切り上げて、とにかくアイツに電話をかけるところから始めよう。「メリークリスマス」せめてそれくらいは自分の声で伝えたい。少し位置のズレた帽子を直し腰を上げようとしたそのとき、頭上からすみません…と、俺を呼ぶ声音が響いた。

「イチゴの生クリームケーキ、ひとつください」
「あっ、はい。ありがとうございま…」

割と大きさのあるケーキの箱の隙間からひょっこり顔を出し、上目使いでそこにいる“誰か”を見上げた瞬間、大きく息を呑む。

「やっぱり。ここだと思った」
「……ミナコ…?」
「何度か電話したんだけど繋がらないし、これから直接琉夏の家に行こうとしてたところだったんだよ」

会えてよかったと微笑む、そこにいるハズのないスーツ姿の彼女の存在にとにかく驚いてしまった俺は、自身の全体重をかけてテーブルにもたれかかり立ち上がってしまった。そのせいでグラリとバランスを崩すテーブル。と、山積みのケーキたち。

「ッ、やべ…っ!」
「危な…ッ!」

咄嗟に差し出した両手で崩れ落ちそうになったケーキを支える。間一髪で弁償を免れた商売道具。そして、そこで重なり合う俺とミナコの手のひら。最初は、会いたい、欲しいと強く願いすぎたせいで現れてしまった幻なんじゃないかと思った。だけどそれは間違いなく、数えきれないほど触れてきたミナコの感触とぬくもりだった。

「よかった…。ギリギリセーフだったね」
「っていうか…なんで?オマエ、明日の朝まで仕事だって…」
「そうなる予定だったんだけど、やっぱりイブは琉夏と一緒にいたかったから。ちょっと頑張っちゃった」

そう言って、舌を出してみせたミナコのはにかんだ笑顔に、これまで抑えてきたいろんな感情があとからあとから溢れ出して…

「俺んち、行こう」
「えっ?でも、まだ仕事中じゃ…」
「いい。どうせすっぽかすつもりだったし」

それに、日付が明日に変わるまであと数時間しかない。せっかくミナコが俺とイブを過ごしたいって言ってくれたのに、いまは一秒だって惜しいんだ。

「店の裏にバイク停めてあるから、おいで!」

慌しくサンタのコスプレを剥ぎ取っている俺の動作を、目の前でぼんやりと眺めてるだけのミナコの手首を掴み裏路地に向かって走る。

「ちょっ…琉夏!?ホントにいいの!?」

---いいに決まってるだろ?わざわざ言葉にするのも億劫で、息を切らしながらもちゃんと俺について来てくれたミナコにヘルメットを手渡した。これもクリスマスの奇跡だって、信じていいのかな?

「ねぇ、琉夏?やっぱりもう一度お店に戻ってちゃんと断った方が…」

後ろにミナコがいるから派手なスピードは出せなかったけど、それなりに飛ばして辿り着いた自宅。何度修理をしても建て付けが悪いままの玄関のドア、かじかむ指先で鍵を開けると先にミナコを中へ押し込み、隙だらけの背中を抱きしめた。

「っ、…琉夏?」
「ヤダ。これ以上そんなくだらないことに大事な時間、使いたくない」
「くだらないって…ッ、ん…っ」

一瞬、ビクンと震えた肩で俺を振り返ったミナコの唇を、キスで塞ぐ。

「は…ぁッ…、るか…っ」
「オマエさ。キスしてるとき、ホントにいい顔するよね」

---だから、余計に歯止めが利かなくなるんだって…知ってた?

「っ…ね。お願い、待って…?」

せめてケーキを食べてからにしよう?懇願するミナコを後目に、腰に回した腕に一層力を込めることで自身のカラダに彼女を密着させ、熱のこもった息を当て付けながらさりげなく香水の香る首筋に舌を這わせる。

「ダメ。今夜くらい…黙って言うこと聞いて?」
「や…ぁん…ッ、でも…っ」
「こんな盛ってる俺…キライ?」

ずっとガマンしてたんだ。この日のために。オマエに会うことも、触れることも。

「……ねぇ、キライ?」
「ッ……す…き…」

---どんな琉夏も大好き。俺の首元にぎゅっとしがみつきぽつり呟いたミナコの艶めいた声色に、理性のリミッターは完全に外れてしまった。

「俺さ…、このまま凍っちまうかもって…思ったんだ」
「……寒くて…?」
「…ううん。さみしすぎて」

色鮮やかなイルミネーションが輝くこの世界にまた独り、取り残された気がして。

「だからさ。ミナコが溶かして?」

---トロけるように甘い、チョコレートみたいに。そうして存分にお互いを味わったあと、オマエのために準備したプレゼントと売れ残りのケーキでパーティーしよう。このまま気がついたら朝になってた、なんてシチュエーションも、わたしたちならではだねって、笑って許してくれるよな?

「メリークリスマス。愛してる」





無理やり押しつけた感溢れる仕上がりになってしまいました。が、これが精一杯でした。精一杯あま〜くしたつもり。書いてる途中、あ。そういやSRってぶっ壊れたんだったって気付いたんですけど、きっと琉夏のことだからバンビのために中古のオンボロバイクを買ってしまったと思います。とりあえず、メリークリスマス。琉夏とバンビがいつまでも仲良く幸せでありますように☆






第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -