傷みたいな恋
「さて、ヒロインを家まで送り届けるか。ヒーローだからね?」
あなたの背中は、いつだってわたしより一歩先を行く。最後に肩を並べて歩いたのはいつだったか、もう思い出すこともできないけれど。
「次はさ、コウ誘って来てみなよ。リサーチはカンペキだし、スゲェ盛り上がると思うぜ?」
振り向きざまに、目を細め微笑みかけてくれる横顔。本当のわたしを知っても、このひとは同じ笑顔を見せてくれるだろうか…。---昨夜、コウちゃんと寝ようとした。正確に言えば、抱かれるつもりで会いに行った。でも、できなかった。コウちゃんの腕に抱きしめられ、キスをして、素肌を合わせたのに、震えも、涙も止まらなかった。「テメェにだけはウソをつくな」そう言ってわたしの髪をクシャクシャに撫でたコウちゃんの寂しげな眼差しは、いつからわたしの本当の気持ちを見抜いていたんだろう。
「……琉夏?」
「ん?」
「手…、繋いで?」
瞬間、言葉に詰まり大きく見開く双眸。驚いたよね?だけど、いま、どうしてもその手を繋ぎ留めていたい。
「家に着くまで離さないけど、…いいの?」
「……うん」
よそよそしく差し出された手のひら。コウちゃんのそれとは違い華奢な指先を絡めとると、琉夏はほぼ同じタイミングでわたしを強く握り返してくれた。
「コウとなんかあった?」
手を繋ぐことで、琉夏の右側を歩くことを許された。風に乗って漂ってくる彼の香りと、ときどき擦れ合う肌、ぬくもり。いっそすべてを声にしてしまいたい。だけど…怖い。そのたった一言で、こんなにも居心地のいい二人の関係が壊れてしまうかもしれないから。
「っ、ミナコ?」
ちょうど商店街の裏通りにある交差点に差し掛かったところで突然足を止めたわたしを、心なしか行き急いでいた風にも伺えた琉夏が振り返る。
「なに?どした?」
手のひらは絡めたままで、向かい合い見上げた琉夏の顔をじっと見つめる。どうしてあの時コウちゃんを拒んでしまったのか。溢れ出る涙を抑えることができなかったのか。認めてしまうのが怖くて曖昧にしていたけれど、苦しいくらいに高鳴る鼓動がその答えを教えてくれた。そして、琉夏の手を引いたわたしの足が無意識のうちに目指した場所。それは慣れ親しんだバス通りじゃなく、それとは真逆に位置する煌びやかなネオンが輝く路地裏だった。
「ちょっ…、ミナコ?そっちは…!」
「今日はね?琉夏に、教えてほしいことがあるんだ」
「えっ…?」
派手な看板を掲げたラブホテルが両側に立ち並ぶ道の真ん中で、目を合わせては言えそうになかった精一杯の嘘を下を俯き地面に向かって紡ぎ出す。
「大人のセックス。コウちゃんのエッチじゃ、幼すぎて物足りないんだもん」
我ながらとんでもない嘘を吐いてしまったと、少しだけ後悔してる。こんな…いかにもな場所で迎えることになってしまうかもしれない初めての夜。痛みへの恐怖と不安に押し潰されそうで、微かに震えはじめた両脚を琉夏に気付かれないように持っていたバッグで覆い隠した。
「…なぁ?それ、本気で言ってる?」
「本気だよ?コウちゃんにバレなきゃ…いいでしょ?」
「……」
琉夏はそれ以上何も言わない。何も言えないんだ。コウちゃんの…兄の彼女を抱くなんて、普通の感性を持ってる人になら拒まれて当然だ。だけどわたしは知ってる。琉夏のわたしへの想いも、言葉なく見下ろすだけの彼の目が、友達としてじゃなく、男としてわたしを見つめていることも。
「……わかった。オマエがそこまで言うんなら…いいよ。一緒に堕ちるとこまで堕ちてやる」
「っ、琉夏…」
「けどさ。途中でコウを思い出して泣き叫んでも…俺、絶対やめないよ?」
あくまでもヒール役を演じようとしてみせる琉夏の言葉に、深く頷く。「行こう」呟いた彼の手が、すぐ目の前に佇んでいたホテルの中へとわたしを引きずり込んでゆく。それから琉夏はいくつもの部屋の内観を覗かせたパネルの中から適当に一室を選び、鍵を受け取るとわたしの手を引いたままエレベーターに乗り込んだ。
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2010/11/27/Sat