ぬくもり紡ぐ夜


“お仕事、お疲れさま。次はいつ会えるかな?”

部屋の照明を落としベッドに潜り込んでから、もうどれくらい経っただろう。一向に閉じる気配のない瞼。握りしめた携帯のディスプレイを見つめ、何度も同じ文章を打ち込んでるのに送信ボタンだけが押せない指先。送信先は、コウちゃんだ。ここ何週間かは仕事が忙しいのを理由に、電話をかけてもメールをしても無反応を貫かれている。(たまには、わたしのことも気にかけて欲しい)(だけど、慣れない仕事で疲弊しきっているだろう彼の休息の時間を、一方的なワガママで台無しにしたくない)(それでも、会えないのならせめて声を聴かせてほしい)答えを見つけられないまま繰り返される葛藤は、人恋しさを一層強めるだけだった。わたしがひとり眠れない夜を過ごしていることを知る由もない彼。今頃はもうとっくに夢の中の住人…かもしれないけれど、メールよりは5秒間だけのコールに賭けてみたい。春先とはいえ、まだまだ肌寒い室内。ベッドの中が自分の体温でじゅうぶんに温まった頃、ようやく通話ボタンを押した。

(…1、…2…、)

単調なリズムで繰り返し刻まれる呼び出し音を、心の中でカウントする。そして、もうあと2コールを残し、やっぱり今夜もダメだったと早々にあきらめ携帯を耳元から遠ざけたとき、その声は響いた。

『……おう』
「っ、…コウ、ちゃん?」
『なんだ、まだ起きてんのか?』

電話口の向こう、いつもどおりの波長で言葉を紡ぐコウちゃんの声音に、会えないでいた時間の隔たりという名の緊張が解されてゆく。

『明日が日曜だからって、あんま夜更かししてんじゃねぇぞ』
「コウちゃんこそ…、明日も仕事なんでしょ?起きてて平気なの?」
『あぁ?俺ぁ、ちょうどいまから寝ようと思ってたとこだ。ジャマすんなバカ』
「っ、へへ。…ゴメンね?」

---バカでいい。バカでいいからもっと…もう少しだけ、声を聴かせて。

『で?どした、なんか用があンだろ?』
「あっ、ううん。そうじゃないの。そうじゃなくて…ただ、こうして話すのもしばらくぶりだなぁって…」

迷惑だった?思いきって訊ねてみたら、「んなワケねぇだろ」って即答してくれたコウちゃん。きっといま、すごく照れてるよね?

(残念。どんな表情(かお)してるか、見たかったな…)
『悪かったな。…その、まともに電話もしてやれねぇでよ』
「…ううん。コウちゃんにとって、いまがいちばん大事なときだもん。しょうがないよ」

だから、ぜんぶわかってるから、素直に会いたいって言えないんじゃない。

『まあな。他の連中についてけるようになるまでもちっと…な』
「それまで、デートはオアズケ。だね」

---本当は、あと一日だって堪えられないけど。思わず本音が漏れそうになったのを、大丈夫だと自身を奮い立たせることでカバーして、顔も見えない相手を前にきまって明るく振舞ってみせた。

『……いや、とりあえず、明日は昼から現場に入りゃいいようになってっけど』
「えっ…?」

軽く咳払いをしたあと、しばらく間を空けてコウちゃんが思いがけないセリフをポツリ呟く。---それって、もしかして…いまからなら会えるよって、言ってくれてる?

「っ、そうなんだ。じゃあ今夜はのんびりできるね」

だけど、それも不確かだから。さっきから言葉の端々で零れる大きなあくびも気になってる。たとえばこれから会いに来てもらったとしても、相変わらずわたしもコウちゃんも実家住まいだし、こんな時間に開いてるお店なんてコンビニとカラオケくらいしかない。そしてなによりも、ただでさえ疲れきってるコウちゃんにこれ以上余計な負担をかけるわけにはいかないから…。

(いまは耐えるって…、決めたの)
『……そうか。そうだな』
「っ…?コウちゃん?」
『また、空いた時間にでも連絡すっから。…それでいいんだろ?』
「え…っ、」
『じゃあよ。……おやすみ』
「っ、コウちゃ…!」

一瞬、なにが起こったのかわからなかったけれど。呼び止める間もなくコウちゃんとの会話は慌しく途切れ、後に聴こえてくるのは物淋しい不通音だけになってしまった。

「もう…っ、どうして勝手に切っちゃうの…?」

いつものコウちゃんなら、どんなに眠くても、疲れていても。わたしより先に通話を切ることなんてしないのに。

(ひょっとして、怒らせちゃった…?)

やだ。どうしよう。やっと声が聴けたこと、泣けるくらい嬉しくて。なのに、こんな中途半端な会話で終わらせて、また次に電話をかけても取り次いでもらえるのはいつになるかわからないのに…。

(まだ、全然コウちゃんがたりないよ…わたし…)

体を起こしたベッドの上、薄っすらと涙が滲みはじめた双眸。バックライトの落ちた液晶画面が霞んで見えなくなってゆく。---どうするの?どうしたいの?さっきのように自分を煽ってみても、やっぱり答えはひとつしか見つからない。

「……」

今度は、5回じゃなく10回コールしてみよう。わずかにかじかむ指先で、もう一度発信履歴を表示させ通話ボタンを押すと、またあの機械音が鳴り始めてそして---。

『……』

コウちゃんは無言のまま、わたしからのたった2秒間の合図に応えてくれた。

「……コウちゃん」
『…今度はなんだ?』
「……会いたい…ッ」

嗚咽混じりの声にならない声で、とうとう本音を吐き出してしまったわたしに。

『…チッ。はなからそう言えってんだ。この意地っ張りが』

そう、呆れた口調で言い捨てたコウちゃん。わたしが意地っ張りだというなら、コウちゃんはどこまでもイジワルな策士だ。

『15分、いや、10分待ってろ。迎えに行く』

だけど、いつだって見えないところでわたしのために一生懸命でいてくれるってこと、ちゃんと知ってるから。

「…うん…ッ。待ってる…!」

わたしひとりぶんのワガママくらい、余裕で受け止められる包容力に、今夜は素直に甘えてみたいと思ったの。


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