遠い世界
まったく、とチェレンが溜め息を深々と吐いた。
「怪我がなかったから良かったものの」
「本当に運が良かったんだねえ」
「なら先に僕らと合流してからでも良かったじゃないか」
「今逃したら見失うかと思って夢中になっちゃった」
「印を付ければいいだろう? この樹みたいにあからさまな特徴じゃなくても、線をつけたり石を置いたり、まあ極端に言えばバッグか帽子を枝に引っ掛けたりね」
「あ! そっか」
「それに僕らが力を合わせれば汚れなくて済んだよね」
「あたし、全然思いつかなかったよ! チェレンは凄いね!」
ベルは暗に反省を促されているにも関わらずチェレンの発想に感心することしきりで拍手を送り、素直に喜んでいた。全く悪気がないだけに、ある意味で将来的に大物の予感がするのは何故だろう。
「ね! チェレンならこの羽のポケモンわかる?」
ベルに促され、僕は名残惜しい気持ちを抑えて少々肩の力が抜けているチェレンに羽を渡す。
すると一気にけだるけな瞳が知的好奇心にすり替わり、チェレンはじっくりと羽の分析を始めた。
「……イッシュ地方のポケモンじゃないな。それにカノコタウンを飛び越える鳥ポケモンは十中八九トレーナー持ちだろう。他地方の進化形……ピジョンかピジョットが妥当か。この地方に飛ぶ距離を考えたらピジョットの確率が高い」
すらすらと並べられた憶測に僕は内心舌をまいた。ベルも目を瞬かせて驚いている。
チェレンは幼い頃からポケモン図鑑の書籍を読み漁っていた。つまり僕とベルよりも知識は豊富で、トレーナーになりたい憧れは人一倍強いのだ。
「すごーいチェレン!」
「当たり前だろ、僕はトレーナーになって僕の存在を確立させたいんだから」
「そういうのはよくわかんないけど、チェレンなら凄いトレーナーになれるよきっと!」
確かにチェレンなら、と思ってしまう。ベルの無邪気な様子に僕も便乗させてもらうとしよう。
「僕もそう思うよ」
「そうそう!」
「…………」
今度のチェレンは無言を貫き通したが、確実に照れていた。羽を無意味にくるくる回しているところがチェレンの内心を如実に示している。褒め殺しとはよく言ったものだ。