約束の時間
僕らの世界はカノコタウンという場所で満たされている。緑豊かで自然溢れる平和な空間。穏やかな時間は刺激を求める人にとっては退屈なのかもしれないが、チェレンやベルと過ごす日々はとても楽しくて、有意義と思えるんだ。
「……またか」
晴れた森の木陰。
僕の隣に並ぶチェレンが深いため息混じりに呟いた。おそらくというより確実にベルが原因だろう。デジタル式の腕時計を見れば一目瞭然だ。メガネの縁に手を当てて、ベルらしい“いつものマイペースさ”に呆れている。
今日の僕らの待ち合わせ場所はカノコタウン近くの森、とある樹の下だ。
この樹は他の木と比べると分かりやすいくらい太く、悠々たる姿を大地に根付かせている。まだ僕の知識では正確な樹齢が判断できないが、きっと長い刻を生き抜いたに違いない。
ついでに言えば、ベルがこの樹の第一発見者で待ち合わせの発案者でもある。
「ブラック」
「?」
「まさかとは思うけど、ベルが迷ったと考えられないか?」
チェレンの刺々しい弱音が僕に降りかかった。いつも通りの反応をするチェレンがあまりにも不器用で可笑しくなり、僕はなるべく控えめに笑う。
ベルは毎回決めた時間より遅れるが、約束を破ったことは一度もない。それがベルの長所であり短所でもある。
それにチェレンもチェレンだ。毎回誰よりも早く来てはぶつくさと言いながら結局は心配する。僕よりは数段頭は回るのに、未だに堅苦しい力は抜けていない。それがチェレンの長所と短所だ。
かれこれ二人と友達になって早数年、幼なじみという間柄だからこそこれくらいの洞察は僕にも出来る。
むっ、とチェレンが眉根を潜めた。笑われたのが癪に触ったのだろう。
「何故君は笑っていられる? 万が一ポケモンに遭遇したらトレーナーじゃない僕らは―――」
「おっまたせぇ!」
チェレンの説教に場違いな明るい声が響き渡った。
僕らは顔を見合わせ、草を踏みしめる声の主の方へ視線を移す。
案の定というか。
森の木々の隙間を縫うようにして、話題に上がっていたベルが天真爛漫な笑顔で僕らの立つ待ち合わせ場所に走ってきていた。あ、今つんのめりかけた。
「…………君ってやつは」
呟かれたチェレンの響きは重苦しいものを伴っていたが、裏腹にほっとしたように張り詰めていた肩の力が抜けていた。やっぱりチェレンは頭がいいのに不器用だ。