小説 | ナノ


血塗れの白い薔薇

バダップ・スリードは、私の幼馴染みだ。でも、きっと彼からすれば、私はただの“幼馴染み”でそれ以上はない。いくら私が彼を想っていても、彼はなんとも想っていない。
だから、そんな私が出来るのは、

「まだそんなことをしていたのか」

「バダップ…そんなことなんて、言わないで頂戴」

寮にある、部屋の人の目があまり行かない隅で、なるべく陽が当たるように育ててきた、ひとつの白い薔薇の蕾。今の時代、恐らく珍しいであろう植木鉢で、心を込めて育てた。

「軍人が、花など育ててどうする。捨ててしまえ」

「嫌よ。別にいいでしょ?任務に差し支える訳じゃないし、誰の迷惑にもなっていないわ」

きっと彼は気づかないのだろう。私が何故、こんなことをしているのか。水も、肥料も、全部自分で調整して、全部自分で選んで、たった一本の薔薇を育てている理由など。

「勝手にしろ。提督から召集が掛かっている」

「分かったわ。行きましょう」

背を向け、私の部屋から出ていく彼の背を追う。
もう少し、もう少しで、あの閉じられた蕾が、その美しく開花した姿を見せてくれる。




「以上三十名。特殊先遣隊として、役目を全うするように」

“特殊先遣隊”なんて誇り高そうな名称だ。肩書きだけで、役に立たない軍人を処分するだけの、ただの特攻隊なくせに。皆それを分かっている。それでも騒ぎ出さないのは、誰もがいつか自分の身に振り掛かってくると覚悟していたからだろう。無論、私も。

「ついに君も役立たずの烙印を押されたわけだ。大変だね、平均的力しかない奴は」

「私もそう思うわ。貴方ほど実力があれば良かったのにね、ミストレ」

「君の幼馴染みはなんて?」

「何も。貴方と同じで、実力のある彼には無縁なことだもの」

「…寂しいかい?」

「何故?いいのよ。私と彼は、違い過ぎるのだから」

「ねぇ、君は「何も言わないで、ミストレ。それじゃぁ、私は準備があるから」

バダップ。バダップ・スリード。私は、ずっと前から貴方のことを。届かない、とは始めから分かってはいたけど、それでも私は、貴方の事を心から。これは、そんな私からの、小さな仕返しなのかもしれない。

「何故俺が花の世話を」

「お願いよ、バダップ。私が先遣隊に選ばれたの知ってるでしょ?ほんの二、三日だけ。水をあげるだけでいいから」

「この際、捨てればいいんだ」

「あら?王牙学園の首席ともあろうバダップ・スリードが、花に水をあげる事も出来ないの?ミストレに言ったら、どんな顔をして笑うでしょうね」

意地悪く言ってやれば、彼は少しだけ眉を顰めて、私が差し出した植木鉢を渋々受け取る。膨らみを増した白い蕾は、あと一日もすれば幾重にも重なった美しい花弁を開くだろう。

「ありがとう、バダップ。よろしくね」

そして――“さようなら”。




あいつが任務へ向かってから、一日が経った。幼馴染のあいつの部屋にあった白い薔薇という花は、蕾だった花を今は開花させている。特殊先遣隊からの報告は――未だに無い。

「お前も、主人を待っているのか…」

美しく咲く薔薇に語り掛ける。以前、あいつが言っていた。「植物にも心は宿る、愛情を持って育てれば、尚更」と。この花にも、心は宿っているのだろうか。

「この花に…心が」

何故か、無性に腹立たしくなった。無意識に、白い花を支える茎へ指をやり、力を籠める。ぽきりと折ってしまおうかと思ったが、指の腹に走った痛みに眉を顰めた。

「棘か…」

それなりに深く刺さったのか、棘の刺さった箇所から溢れるように真っ赤な血が流れ出す。軽く溜息を吐き、血を拭こうとポケットからハンカチを取り出す。だが、指先から滴り落ちた血が、ハンカチで拭うよりも先に真っ白な薔薇の上に落ちた。

「…しまった」

白い薔薇の花弁の一部に、自分の真っ赤な血が垂れてしまっている。垂れてしまった血は、花弁の上を滑るようにして、花弁所々を赤く染めた。

「はぁ…」

最早流れる血を拭く気にもなれず、血は指先を滴りどんどん薔薇を赤く染める。一枚の、綺麗に赤く染まった花弁が落ちた。


約二日後。俺の血で染まった白い薔薇は、通常の薔薇よりもずっと早く、まるであいつのように、その花を枯らせた。


白い薔薇は血塗れて枯れ
(植木に残った、無残なスガタ)


羊水様に提出

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