さよならナミダ | ナノ
「ねえ、跡部君」
「あーん?」
「どうして私たちは今、カフェでお茶をしているのかな?」
街中のとあるカフェで、私と跡部君は何故か、テーブルを挟んで座っていた。跡部君の注文したホットコーヒーからは湯気が立ち上っている。私のココアも、また然り。
「俺様がお前を呼び出した。お前がとりあえずどこかに入りたいって言うから、適当にここに入った。違うのか?」
違わない。違わないけれど、私が聞きたいのはそういうことではない。でも、さも当然という風に跡部君に言われてしまうと、もしかしたらそういうことなのかもしれないと錯覚してしまいそうになる。
先日、バイト中に連絡先をもらって、試行錯誤しつつこちらから連絡をして。
数日後にようやくその返事が来たと思ったら、お呼び出しのメールだった。
あまりにも突然のことで、逆に悩むことも出来ずに指定の場所に来たのだけれど、跡部君とはろくに話したこともなく、また跡部君は大変目立って落ち着かない上に、季節も本格的な冬入りをしただけあって寒かった。そういうわけで、近くにあったカフェに入ったのだ。
「そうなんだけど…。えっと、何か用事だった?」
跡部君に呼び出された理由。
思い当たる節は2つ、先日借りたハンカチか、返しそびれたお釣りだ。お釣りは返せるけれど、残念ながらハンカチは洗濯したまま家に置いてある。
どっちだろう、と思っていたら
「用事はない。会いたかっただけだ」
と、耳を疑うような言葉が返ってくる。
跡部君の顔をみても、冗談を言った様子はない。むしろ真顔というか、なんというか平生通りであった。
「え?私に?」
「聞こえなかったのか」
戸惑いつつも、首を横に振る。
聞こえた。聞こえたけれど、むしろ私が知りたいのは理由の方で。でも、その理由を聞いたところでどんな反応をすれば良いものか。
それに、会いたかったか否かと問われれば、私だって会いたかった。
お礼を、言いたかった。
「この間は、ありがとう」
「礼言われるようなことはしてねえよ」
跡部君は当たり前のようにそう答えた。その答えに、私は思わず可笑しくなる。想像通りすぎて。
そう、きっと跡部君にとっては何でもないことだった。けれどあの時の私は跡部君のおかげで救われた。跡部君が、涙を止めてくれた。
「ハンカチ、今度返すね」
「それよりも、俺はお前のことが知りたい」
またひとつ、心臓が大きく鼓動した。
跡部君は真剣な表情で私を見つめていて、これもからかわれたり冗談ではないことがわかる。どうしていいかわからず、慌てて顔を逸らしてしまった。綺麗な顔はとにかく落ち着かないのだ。
「えっと、それは、どういう」
「別にとって食おうって訳じゃねえ。何をしているのか、いくつなのか、どんなことが好きで何が嫌いなのか。簡単なことでいいさ」
俺は、お前のことを何も知らない。
そう言って、微笑む跡部君。
本当、落ち着かない。何を言われても、美しい顔に免疫のない平凡な私の心臓は面白いくらいに跳ね上がる。
自信家だけれど、優しい人。
そんな印象を私は跡部君に持っていて。だからこそあの時泣いている私を気にかけてくれたのは、跡部君が優しさからだと思っていたけれど。
ひょっとしたら、それだけではなかったのかもしれないと、今になって自覚する。
けれど、例えそうだとしても。
私も、跡部君のことを知りたいと、願ってしまった。彼の美しさに怖気付いてしまうけれど、それ以上にその心に踏み込んでみたいと、思ってしまったのだ。
「私は、」
*
あの後、お互いに軽く自己紹介をして。他愛もない話をして、少しだけ跡部君について知ることができたのだけれど。
跡部君は高校1年生だそうで、今年で21歳になった私とは5歳離れていることになる。
5歳。
芸能人などでは歳の差婚が多いし、社会人であれば5歳なんて大して違わないのかもしれないけれど、高校生と大学生における5歳は妙に隔たっているように思う。
急に自分が歳をとってしまったような気がして、ほんの少しブルーになった。
そして、帰り道。
「おい」
「な、なに?」
「なんでそんなに離れて歩く」
「だって…」
風が強く吹いていて、話をしながら歩くには、確かに私たちの間には距離がある。
しかし、道行く人が、見ているのだ。
もちろん私ではなく、跡部君を。
考えてみれば、こんなに華のある整った顔をしていて、スタイルも抜群なのだから当然といえば当然である。そして実際に隣を歩くと、制服姿の跡部君の隣を私が歩いていることに対する怪訝な視線を嫌でも感じてしまった。
弟でもない制服姿の異性の隣を、成人した女が歩くのは度胸がいる。跡部君の外見も合わさって、とにかく目立つ。
「だって、跡部君目立つんだよ。制服だし、顔立ちも派手だし!」
距離を縮めようとする跡部君に、思わずそう言い放つ。
「あーん?」
すると彼は今日初めて、というよりも私に対して初めて、ムッとした表情を見せた。
怒らせて、しまっただろうか。もう少し言葉を選べばよかったと後悔する。別に跡部君が悪いわけでもないのに、あんな言い方は失礼だっただろう。
謝ろうか、どうしようか。
悩んでいると、跡部君は自分の姿を一瞬確認して、その後私を見る。
「……、次は私服にしてやるよ」
不機嫌そうにだけれど、渋々というように彼はそう言った。
不思議な、人だ。
強引かと思えば優しくて、自信家だけれど傲慢ではない。私はまだまだ、跡部君のことを何も知らないようだ。
私はため息を零す。
そして、勇気を出して。彼との距離を、少しだけ縮めることにしたのだった。
僅かに、踏み込む足先
(それは、ただの好奇心だと思っていた)
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