さよならナミダ | ナノ
彼氏に振られてから、10日。

最初は目の前が真っ暗で、これからどうやって生きて行けばいいのだろうなんて考えていたのに、蓋を開けてみれば私はそれまでと変わらない生活をおくっていた。
変わったことと言えば、この数日間で気温がグッと下がり、本格的に冬に入ろうとしていることくらいだ。

朝起きて、大学に行って。講義を受けて、その後は夜までバイトをして。家に帰って眠る。
そんなありふれた日常が、私を繋ぎ止めてくれていた。

それともうひとつ。
あの日、私にハンカチを渡して去って行った、とんでもなく美しい顔をした男の子の存在も、私にとっては大きい。

あんな大勢の中で。
泣いていた私を見つけてくれたのは、きっと彼だけだ。


「いらっしゃいませー!」


同僚の声で、ふと我に返る。
そう、今はバイトの最中である。

私は、家から最寄の駅前にあるコンビニで、バイトをしている。大学に入ってからだから、もうかれこれ2年程続けていることになる。駅前ということもありそれなりに忙しいけれど、逆にやり甲斐があって楽しい。

あの日の男の子は気になるけれど、だからといってもう一度出会う術も無い。縁があれば、またいつかどこかで出会うだろうと、そう思うことにして仕事を進める。


コン、と。
レジの台に缶コーヒーが置かれる。


「いらっしゃい、ま……っ!!」


お客さんだ、レジをしなければ。
そう思って反射的に缶コーヒーから顔を上げると、そこには。

「よう」
「な、んで」

自信に満ち溢れ、強い輝きをそのアイスブルーの双眸に宿した、美しい男の子。

「またなって、言っただろうが」
「どうして、ここに」
「渡すものがあった」

そう言って彼は制服のジャケットのポケットから、二つ折りにされた小さな紙を取り出し、缶コーヒーの横に置いた。

「これは?」
「仕事が終わったら読め。じゃぁな」
「え、ちょっと!!」

私の言葉が聞こえていないかのように、彼は自動ドアの向こうに去って行った。

しばらくドアを眺めていたけれど、時間と共に頭が冷静さを取り戻す。そして同時に、心臓を打つ音や速さは勢いを増す。


胸が、痛い。
振られた痛みとは、別の痛み。

振られた時の痛みが、切り裂かれるような激しい痛みだとするなら。今の胸の痛みは、まるで心臓をそっと握られたような、緩やかな痛みだ。

そして、レジの台へと視線を向ける。
そこには二つ折りの紙と、缶コーヒーがあった場所に、代わりに千円札が置かれていた。

「お釣り、返しそびれたじゃない…」

落ち着かない心持ちで仕事をこなし、ようやく交代の時間になる。いつもはバイト先で何かを買って帰るのだけれど、今日は上がってすぐに家へ直行した。
肌を刺す気温の低さや冷たい風も感じず、高揚した気持ちを抱えながら帰路を急いだ。


そして。
部屋のソファに座りながら、テーブルの上に二つ折りの紙を置く。

そこに何が書いてあるのか、想像はつく。
今までだって、違うお客さんからも同じように渡されたことは何度かあった。けれど、もらったとしても何も思わなかったし、中身を確認せずに捨てたことだってあった。

でも、今回は。
異常な緊張と、表現できない感情で、紙を触る手が震える。

「よし」

そう一言気合を入れて、紙を開く。
そこには想像通り、あの男の子のものと思われる連絡先が、私よりも綺麗な字で書かれていた。


『連絡待ってる。 跡部景吾』


紙の下に、そう付け加えられていた。

「跡部君、っていうのか……」

あとべ、けいご。あとべ、跡部君。
そう心の中で復唱するだけで、胸の痛みは増したように感じた。


その後。
私は何時間もかけて、彼ーー跡部君へのメールを作成した。打っては消す作業を何度も繰り返し、送信ボタンを押したのは、夜中になってからで。中学生の時、片思いの相手に送るメールだってもっとスムーズだったと、自分に呆れ果てながら眠りについたのだけれど。

翌日は案の定寝坊することになり、眠気で大学の講義もろくに聞くことは出来なかった。

ありふれた日常に、変化が起きる。
寝坊したり講義を聞けなかったり、良い変化ばかりでは無かったけれど。

私の心は、明るい気持ちで満ちていた。



『この間はありがとう。みょうじなまえ』


朝起きると、知らないアドレスからそんなメールが届いていた。
簡素でぶっきらぼうな文面だった。受信した時間は、03:16。
帰ってから、相当迷って送ってきたんだろう。

それが手に取るようにわかって、俺はベッドの中で、堪えきれずに笑った。

眩しく、明るい朝に
(何かが始まる予感に、胸が高鳴った)

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