さよならナミダ | ナノ
雑踏の中で、立ち止まる。

季節は晩秋、天気は快晴。
冬が近いから、それなりに肌寒いけれど、今日は天気が良くて少し暖かい。

ふと周りを見渡せば、友達と喋りながら歩く女子高生。手を繋いで歩くカップル。スーツを身に纏い、颯爽と歩くビジネスマン。足が不自由なお互いを気遣いながら歩く老夫婦。

なぜだろう。
こんなにたくさんの人がいるのに。その全ての人が、幸せそうに見えてしまう。

そんなはずはないのに。皆悩みを抱えていて、それでも必死に笑って生きているのだと、わかっているのに。

なのに。
なぜ、私だけこんな気持ちになるのだろうと、思ってしまう。

「……、」

鼻腔の奥がツンとして、両目から涙が落ちた感覚。
本当だったら私だって、笑って歩いているはずだった。誰かの幸せを羨むようなこともなく、自分の幸せを噛み締めているはずだった。
美味しいランチを食べて、その後は買い物をしたりして、今日を楽しむはずだった。
彼と、一緒に。

「……っ」

数十分前の出来事を思い出せば、涙は止まらなくなる。人々が私をどんどん追い抜いて行く。皆、自分達のことで頭がいっぱいなのだろう。私に目をくれる人も立ち止まる人もいない。

「っ…ぅっ」

誰にも気に止められないのなら、いっそ思い切り泣いてしまおう。そう開き直ると、より一層の涙と感情が溢れる。


私は、今日、彼氏に振られてしまった。
振られてしまったのだから、もう今となっては元彼になるのか。

思えば、ずっと前から、私達の間に綻びはあったのだろう。冷められていることにも、気付いていた。それでも、いつかまた、付き合いはじめの頃のようになれると私は信じて疑っていなかったし、どんなに冷められていたとしても、やっぱり彼が好きだった。

穏やかで、優しくて、暖かくて。
まるで春の陽気のような彼が、好きだった。

でも、もう彼は、隣にはいない。
その事実に胸が痛んで、涙で汚れているであろう顔を両手で覆う。

「ぅ、……っ」

こんなに人がいるのに。
私は、一人だ。



「何で泣いてる」



ふと、声が降ってくる。
明らかに私にかけられた言葉に驚いて、思わず顔を覆っていた手を離す。


その瞬間間違いなく、世界は一瞬、時を止めた。


目の前には、見たこともないほど綺麗な顔をした、男の子が立っていた。

「え……」
「ほらよ」

驚きで固まる私に、男の子はハンカチを差し出す。

「え、あの」
「使え」

強引にハンカチを握らされ、もう一度男の子を見る。
高校生だろう、都内でも有名な高校の制服を着ている。だがそれよりも、やはり端正で華のある顔立ちが目を引く。
整った眉に、通った鼻梁、くっきりとした彫りの深い目元には、澄んだアイスブルーの瞳。そしてそのすぐ下にある泣きぼくろが、妙に扇情的だ。

まるで、誰かが作り上げたような、完璧と呼べる美しさがそこにはあった。

私は今の自分の状況も忘れ、その顔立ちに見惚れてしまっていた。
すると、その男の子がふっと軽く微笑む。自信に溢れた笑みが、よく似合う。

「何だ、俺の顔が気に入ったのか」
「………はい?」

からかうように聞かれた、まるで場違いな質問に、思わず聞き返してしまう。
すると、私の反応に対して、男の子はクスクスと笑い始める。さっきから驚くことの連続で、展開にイマイチ付いていけない。

「ま、泣き止んだならそれでいい。じゃぁ、またな」

そう言って、私の頭を優しく叩き、男の子は歩き始める。声をかけることもできないまま、男の子の姿を見失ってしまった。

「何だったんだろう……」

男の子が消えて行った方向を見つめながら、私はまだ動けない。そこで初めて、自分の心臓が早鐘を打っていることに気付く。


そしてふと、私の手に握らされた、綺麗に折り畳まれたハンカチを見る。

そのハンカチを使うまでもなく、私の涙は、いつの間にか止んでいた。


人々が、私を追い抜いて行く。
けれど、私は、もう泣いてはいない。

男の子が去り際に残した、「またな」の意味を考えながら、私は止めていた足を再び動かし始めた。

世界が時間を止めた日
(君だけが、私を見つけてくれた)

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