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「ほらよ」


机に置かれたのは、私の大好きな銘柄のココアだった。触ってみると、じんわりと温かい。

「くれるの?」
「購買でたまたま見つけた。俺様の分を買ったついでだ」


「ありがとう」


一口飲んでみると、口の中には甘くて優しい味が広がった。


「何日だ?」
「ん?」
「お前の姉貴の結婚式」

跡部が私のところに来たのはそのことだろう、と思っていた。跡部は、私たちが幼いころから、お姉ちゃんのことが好きだったように思う。だから、私からはその話を持ち出しにくかった。

「2週間後の、土曜日」
「わかった」
「来られるの?部活は?」
「何とか都合つける」
「きっと喜ぶよ。ありがとう」

当然だ、と言って笑う跡部は、私の知ってるいつもの跡部で、安心した。


「ねぇ、跡部」
「あーん?」
「一緒に、結婚祝いのプレゼント選んでよ」
「仕方ねぇな」
「よし、じゃ今から行こう」

跡部も特に反論もせず、一緒に教室を出る。

跡部に結婚祝いのプレゼントを選ばせるなんて、酷だっただろうか。でも、跡部がお姉ちゃんへの想いを隠そうとしているのなら。想いを隠して、結婚式に出ようとしてくれているのなら。私は気づいていないふりをするべきだ。



そして私も、想いを隠し続けるべきだ。


ねぇ跡部。この学校には、私の大好きなココアは置いてないんだ。どこか違う場所で買ってきてくれたんだよね。跡部がそんな風に優しいから、私はいつまでたっても跡部を諦められない。


「しかし、姉貴が結婚するってのに、なまえは全くその気配ねぇな」
「うるさいよ。私に見合う男がいないだけだもん」

少し強がった私に、跡部はククッと笑い声を洩らした。



あぁ、跡部が大好きだ。跡部と過ごす、何気ないこんな時間が、たまらなく大好きだ。
大好きだから、今はまだ、言えない。


「もし、私に見合う男が現われなかったら、跡部と結婚してあげてもいいよ」


何言ってやがる、と笑う跡部の傍で、私は跡部にもらったココアをそっと両手で握りしめた。まだほんのりと温かい、そのココアの本当の意味を知るのは、もう少し先の話。

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