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2年間付き合っていた彼氏と別れた。浮気をされて、何で浮気をしたの、と問いただせば「お前といても楽しくない」と言われた。それを言われた数秒後、私はそっか、じゃぁ別れよと口にしていた。

「数秒で決断できたってことは、私もあいつのことそんなに好きじゃなかったのかな」
「どうせなまえさんのことだ。強がっただけでしょう」
「なるほど」

そのことを後輩である若に相談してみると、なるほど、私の性格をよく理解している。

「傷ついたりはしてないんですか」
「どうなんだろ、よくわかんない」

ショックじゃないことはなかった。私と過ごした2年間を無駄だと言われたみたいで、少し自信を無くしてしまったのは事実だ。けれど、どうなんだろう。涙も出ないことを考えれば、それほど傷付いてはいないのか、それとも心の何処かではこんな展開を予想していたのだろうか。

「俺の前で強がらないでくださいよ。だからといって泣かれても困りますけど」

優しいのか優しくないのかどっちなんだこの後輩は。けど、わざわざ部活もなくて時間を自由に使える日に、私の相談なんかに乗ってくれているあたり、きっと根は優しいんだろうな。その証拠に、手にしている七不思議系の本は先程からページが進んでいない。ということは、適当なふりをして、私の話をちゃんと聞いてくれているのだ。

「ありがと。でも、楽しくないって言われた瞬間急激に冷めてく感じがしたんだよね。だから、未練はないよ」

楽しくない、なんて、少しでも大切に思っている人間には決して使わない言葉だ。私はあいつにとってその程度の存在だったということ。私はそれでも相手を好きでいられるほど盲目にはなれないし、私が好きになったあいつはそんなことを言う人じゃなかった。変わって、しまったのだ。

私が未練はないと言うと、若はそうですか、と言いながら持っていた本をパタンと閉じた。読み終わったわけではないのにどうしたのだろうと思っていると、いつの間にか若が目の前にいた。切れ長の目が私をじっと見つめている。その表情が、いつもの冷静で冷たい雰囲気をもった若とは違っていて、私は落ち着かなくて。だから、どうしたのって、いつもの調子で言おうとしたけれど。

私が口を開く前に、若が、それなら、と言って手を伸ばし、私の肩を少しだけ力を込めて押した。


押し倒される。


そう頭で理解した瞬間には、私の体は床に倒れこんでいた。見えるのは、若の顔と天井。先輩を押し倒すなんて生意気だって言ってやろうかと思ったけど、ふと自分の頭と床の間に若の掌があることに気付いて口をつぐんだ。こんな状況にしたくせに、私が頭を打たないようにという若の優しさを感じて何も言えなくなってしまった。ああ、若の表情がいつもと違う理由がわかった。“男”の表情だからだ。私に跨っている若の表情や瞳は、いつもの若にはない熱を孕んでいた。

「未練がないなら、容赦しなくて済みます」

そう言って意地悪そうな笑みを浮かべる若を見て、綺麗な顔はずるいなと思う。だって綺麗な顔はどんな表情をしていたって綺麗にしかならない。たとえこんな状況でだって若のことを格好いいと感じてしまうのだ。それはあくまでも若の顔立ちが整っているからであって、私の個人的な感情ではないと思いたい。

「なまえさんがまだあいつのことを好きなら、ただ支えようと思いました。けど、未練がないなら話は別です」
「どういう、こと」
「好きです」

真っ直ぐに私を見つめて若はそう言った。その瞬間、私の胸がきゅっと締め付けられたような気がして、同時に涙腺が緩み、鼻腔の奥がつんとした。“好き”という言葉はこんなにも心を震わせる言葉だったのか。思えば、あいつに最後に好きと言われたのはいつのことだったのか、思い出せなくなっていた。

だから、若に好きと言ってもらえたことは素直に嬉しいけれど、その嬉しさが、単に好きと言われたからなのか、若から言われたからなのかがわからない。そこが曖昧なのに、若の気持ちを受け取ることは不誠実だと思う。だから、若にそう伝えようと思った。

けれど。
でも、と言いかけた私の唇は、若のそれによって塞がれていて、続きを口にすることはできなかった。私の言葉を遮ることが目的だったそれは、すぐに離れていったけれど、目を開けても若の顔が息遣いを感じるほど近くにあって、喋ることはできそうにない。


「俺にしておけ」


思わず頷いてしまいそうなほど、堂々と口にされた言葉。けれど、頷きたい衝動を律し、でも、と再び口にしかけた。けれど、その唇を若がもう一度塞ぐ。しかしそれはさっきのようにすぐには離れていかず、私の呼吸までもを奪うような激しいものだった。

「んっ…、わ…かしっ…っ」

上手く息ができなくて、途切れ途切れに名前を呼ぶと、ようやく唇が解放された。私が呼吸を整えていると、若が尚も私を真っすぐ見つめて言う。

「なまえさんは何も喋る必要はない。ただ何も考えず、俺の言葉に頷いていればいい。わかりましたね?」

言われた通りにこくりと小さく頷く。すると、若はいかにも満足気な表情を浮かべて、ではもう一度言いますと前置きした。私は、その後に続けられる言葉が何か、もうわかっている。思うことはいろいろあるのに。それでも若は頷くこと以外を許してはくれない。ただ頷けと言うのだ。

若のひたむきな想いに甘えてはいけないとは思う。けれど、私がそんな風にごちゃごちゃと何も考えなくていいようにと、こんなに理不尽に、けれどどこまでも甘く若は命令してくれた。その若の優しさに溺れてみたいと、思ってしまった。

次の若の言葉に、大きく頷こうと決め、私はそっと目を閉じた。

甘く、命ずる
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