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「なあ、教科書忘れちまったんだ、見せてくんねえ?」

眩しいくらいの赤を纏ったあなたが、困ったような顔で私を見ていた。
次の授業は国語、教科書がなければ当てられた時も何も答えられないに違いない。

「いいよ、どうぞ」

机の右端に教科書を置き、丸井くんにも見えるように開く。彼はさんきゅ、と自分の机を私の机に引っ付けた。

しばらくはそのまま大人しく授業を受けていた彼だけど、先生が朗読するだけの時間に退屈したのか、おもむろに机から雑誌を取り出して、パラパラとめくり始めた。

何の雑誌だろう。
テニス部の彼のことだし、その関連の雑誌かもしれない。そう思ってチラリと覗くと、そこには、色鮮やかなスイーツ達が煌めいていた。

「え、」
「なに、お前も興味あんの?」

思わず小さく声を漏らすと、丸井くんは特に気を悪くした様子もなくほらよ、とその雑誌を私たちの真ん中に置いてくれた。そこにはやっぱり、いろんな色や形をした、目にも楽しいスイーツたちが並んでいる。

「美味しそうだね」
「だろぃ?見てるだけでもワクワクしてくるんだ。特にほら、この辺なんて季節限定メニューだぜ」

嬉しそうにまたパラパラとページをめくる丸井くん。よく見ると、雑誌の角には無数の折り目がついていて、思わず笑みがもれる。彼がどんな表情でページの角を折ったのか、容易に想像ができてしまったのだ。

先生にバレないような小さな声で、スイーツやそのお店の説明をしてくれた。このスイーツは美味しかっただとか、ここはイマイチだったとか、スラスラと話す彼を見て、本当に甘いものが大好きなんだなあと実感する。

するとふいに、お腹が鳴った音がした。隣から聞こえてきたその音に、丸井くんを見ると、机に突っ伏してしまった。

「ダメだ、美味そうなもん見てたら腹減ってきた」

その理論でいくと、こんな雑誌は持っているだけで丸井くんの天敵になりかねないんじゃと思ったけれど、彼は雑誌を気に入っているようだったので口には出さない。
お腹が減って元気が無くなってしまった彼が、なんだかおかしくて。私はカバンの中から、愛用の缶ケースを取り出す。かぱっと蓋を開けると、今朝厳選してきた飴達が、まだたくさん詰まっていた。

「丸井くん、」

突っ伏す彼の肩を指先で叩き、こっちを向いた彼に、私はその缶ケースを差し出す。

「お腹は膨れないかもしれないけど、これで良かったらあげる」

そう言うと、彼の表情はパッと明るくなって、満面の笑みをこぼす。

「まじで!さんきゅ、どれ食ってもいいのか?」
「お好きなのを、好きなだけどうぞ」

丸井くんはしばらく悩んだ後、ピンク色の包み紙を手に取った。中身は、私の一番のお気に入りの桃味だ。包み紙を開いて口の中にそっと飴を入れると、うっとりした表情で味わっていた。

でも少しすると、丸井くんはハッとしたように目を開いて、私の方を向いた。その表情は、これまで見たことがないような真剣な顔で、思わず息を止める。


「これ、お前の味がする」


その口から告げられた言葉があまりにも、あまりにも意味がわからなくて、私たちの間に微妙な空気が流れた。


「私の、味って…?」


聞き返すと、丸井くんは我に返ったようにその視線を泳がせた。

「わりぃ、違うんだ!変な意味じゃなくて、その、この飴、お前の香りがするから…、」

そう答えた彼の頬は、ほんの少し赤い。その言葉を聞いて、彼の言いたかったことがようやく理解できた。

「お前、いつも美味そうな香りさせてて、何の香りかなって思ってたんだよ」
「その飴、お気に入りなんだ。美味しいでしょう?」

ああ、と幸せそうに笑う。
そして先ほどの雑誌をまた手にとって、私に差し出してくる。

「お前はさ、どれ食ってみたい?」

差し出された雑誌を手にとって、ページをめくる。
数ページめくったところで目に付いたのは、色んなベリー類が使われている、大きめのパフェだった。ベリー達が主役のそのパフェは、赤くてキラキラとしていた。

「これ、かな」

指差して答えると、彼は少し考えるような仕草を見せて、また視線を泳がせる。

「あー、あの、さ。その店、俺も行きたいんだけど、男一人じゃ入りづらいんだよ。丁度いいし、今度一緒に食いに行かねえ…?」

照れたようなその表情に、もしかしたら彼は、この一言を言うために雑誌を見せてくれたのかもしれない、という可能性に思い当たる。
違っているかもしれない。けれど、そう考えると胸にいっぱいの愛しさがこみ上げる。

「行きたい」

そう告げれば、嬉しそうに笑う彼。

ああ、いいな。
彼の笑顔は、とてもいい。

コロコロと表情を変える彼は、見ているだけで楽しい。彼もまた、その表情や仕草だけで私を楽しませてくれる存在だった。




(授業が終わっても、離れない距離がわたしの幸せ)



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ブン太デビューなのでとりあえず王道から。
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