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※体育倉庫に白石と閉じ込められてる設定です



「俺のこと嫌いやったら、ひっぱたいて」

私に与えられる数秒の余地。

ずるい。
そんな言い方は、ずるい。

互いの鼓動すら感じ取れてしまうような、至近距離で。彼が息を飲んだ気配がした。

ゆっくりと頬に押し当てられた唇は、想像とは違って熱く、渇いていて。意外だなと思った。いつも私が見ていた彼は、いつだって完璧で美しく、隙のない人だったから。

「ええんか?拒まんのやったら、俺、続けんで」

耳元をかすめる声は、いつものように優しさを纏いながらも掠れて多分に色気を含んでいる。堪らずゾワリと身体が粟立ち、思わず彼の服を掴んでしまう。するとそれを縋り付いたと思ったのか、もしくは沈黙を肯定と受け止めたのか、今度は彼の唇が私のそれへと重ねられた。

「んっ、…っ」

最初は重ねては離れ、角度を変えてまた重ねる繰り返しだったものが、徐々に深いものへと変わり、舌同士が触れ合った瞬間、その熱さに言いようもない感覚が湧き上がる。驚いて身体を震わせると、彼は熱い吐息を漏らしながら、私をマットの上に押し倒した。

薄暗い視界の中に、コンクリートの天井と、熱い瞳を揺らす彼。彼は几帳面に包帯の巻かれた手で、私の頬に触れる。そして首筋を撫で、鎖骨、そしてシャツのボタンまでその手は辿り着く。


「……、アカンな」
「え?」
「やっぱりアカンわ。俺、こんなとこで君を抱きたない。もっとちゃんと、雰囲気もあって君を大事に出来るとこでやないと」


困ったように自分の顔を片手で覆い、白石君は私の上から退いた。私も起き上がって隣に座る彼を見ていると、彼は気まずそうに視線を彷徨わせ、けれど最終的に私と視線を合わせた。

「なんで、拒めへんかったん」
「……白石君が言ったんだよ、”嫌いやったら”ひっぱたいてって」
「俺、嫌われてるんちゃうかと思っててんけど」
「そんなことない。でも、ずっと苦手だった」

いつもみんなの中心にいて、欠点なんて何一つ見つからなくて。彼は人望もあったけれど、それ故に私とは交わらない世界にいるように感じていた。周りにいる女の子の視線も怖くて、近づくことが躊躇われるくらいには、彼を嫌煙していた。

でもそれ以上に、私は、彼を見ているのが痛かった。

欠点のない彼。完璧であろうとする彼。
その重責は一体どれほどのものだったのだろうと、そう想像するだけで、彼がとても息苦しい場所にいるのではないかと思えたから。他人からの期待はモチベーションに繋がるものだと思うけれど、彼の場合は求められる物が桁外れだ。私だったらきっと、重圧にしか感じられずにがんじがらめに、身動きがとれなくなっていくに違いない。そう思うのは私が矮小なだけかもしれないけれど。

「白石君見てると、完璧すぎて苦しくなるから」

白石君は、ともすれば哀れみとも感じ取れるこんな見られ方はきっと喜ばない。でも、どこまでも凡人な私にはそんな風に思えて仕方がなかった。

だから、彼を見ているのが痛かった。
そんな息苦しい世界で、それでも笑い続ける彼が。

「でも」
「え、ちょ…っん」

彼の頬に両手を添えて、今度は私から唇を重ねる。彼のそれはさっきよりはしっとりとしていたけれど、それでもやっぱり少しかさついている。それが、なんだか堪らなく愛おしかった。完璧に見える彼が、普通の男の子と同じように緊張をしてこの唇が乾いてしまっていたのだとしたら、私はきっと彼が苦手じゃなくなる。

愛しさを込めて、最後に唇をぺろりと舐めてから顔を離した。

「でも、余裕のない白石君は、好き」
「…君、そんな台詞他の男に絶対言うたらアカンで」
「言わないよ」
「せやったらええけど。……なあ」
「なに?」

「俺のこと”好き”やったら、もう一回して」

彼の頬が、赤い気がした。でも薄暗いこの場所ではそれが確かかどうかはわからない。ただ、そうだったら可愛いな、そうだったらいいなと思いながら、私はもう一度彼に口付けた。



Mr.perfect.

(完璧を目指す彼の、不完全さが何よりも魅力的だった)

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