tns | ナノ
※手塚中学二年生
※年上ヒロイン


今晩から、雪が降るという予報だった。

雪が降った際の部活の有無や、その連絡方法を部員に伝えている内に、下校時間はいつもよりも遅くなってしまっていた。


急いで制服に着替えて校門に向かうと、吐息を白く染めながらすっかり暗くなった空を見上げる彼女の姿。

制服から覗く白く細い手足が一層寒々しく見え、俺は急いで駆け寄った。

「遅くなってすまない」

声をかけると、顔を空から俺へと向け、その表情はすぐに笑顔へと変わる。

「部活、お疲れ様」
「ありがとう。帰ろう」

優しい笑顔で頷いた彼女と肩を並べ、歩く。

友達とした会話、授業の話、明日の話。そんな他愛もない話を楽しそうに語る彼女に相槌を打ちながら、彼女の袖から覗く指先に視線をやる。

赤くなってしまっている指先。

指先と地面とで視線を何度か往復させるが、もどかしい気持ちが湧き上がってくるだけだった。

「手塚?どうかした?」

声をかけられ、はっとして彼女を見ると、不思議そうな瞳が俺に向けられている。吸い寄せられそうな、不思議な瞳。昔からその瞳が印象的だった。

「いや、何でもない」
「でも、珍しくぼーっとしてる。何か嫌なことでもあった?心配事?」
「そういうわけ、では」

言葉を濁す俺に、彼女は困ったように笑いながら、変なの、とこぼす。

「まあ手塚が言いたくないなら聞かないけどね」

それにしても今日は寒いね、と。
彼女はまた空を見上げる。

俺は刹那立ち止まり、その背中を見つめた。

先ほどまで並んでいたはずのその身体は、俺よりもずっと小さい。昔は変わらなかった背も、いつしか見下ろすまでになった。

俺はあと何度、こうやって彼女と帰り道を共にできるのだろう。

寒さのせいか感傷的になってそんなことを考えると、前を歩くその背中が急に遠くに行ってしまったような気がして、たった数歩の距離を俺は急いで詰め寄った。

遠くに行ってしまうのなら、捕まえてしまえばいい。

俺は先ほど何度も見やった、赤くなった指先を自分の手で絡め取った。


「…手塚?」


驚いて俺の顔を見る彼女。
俺は、彼女の顔を見られなかった。


「赤く、なっている」
「今日、手袋忘れちゃって」
「…待たせて、すまなかった」


ふっと、笑いを含んだ吐息が聞こえて。
そこで俺はようやく、彼女の顔へと視線を向ける。

ふわりと笑う彼女の頬はほんのりと赤くて、寒さのせいだとはわかりつつも、彼女が照れているように見えて。とくんと、鼓動がひときわ大きく打った気がした。

「手塚、手あったかいね」
「あなたが冷たいからそう感じるんだろう」

彼女は、首を横に降る。

「昔からね、不思議だったの」
「不思議?」


「手塚は冷たそうなのに、なんでこんなにあったかいんだろうって」


きゅっと、俺の手を握り返す感触。
とくん、とくんと、今度は彼女の鼓動が伝わってきたような気がするが、果たしてそれが俺のものだったのかどうか、俺にはわからなかった。

「冷たいのに、触れるとあったかいから。そのあったかさがなんだかほっとするから。手塚に触れるのだいすきなんだ」

マフラーに口元まで埋めてそう言う彼女の頬の赤さは、やはり寒さのせいなのだろうか。


「俺も、好きだ」

「ん?」

「あなたに、触れるのが」


顔を見合わせて、笑う彼女に、俺も少しだけ微笑みを返した。上手く笑えていた自信はないが、俺の表情の変化に敏感な彼女にならきっと伝わったはずだと自分を納得させる。

そのまま、しばらく会話のないまま歩き続け、俺の家よりも少し近くにある彼女の家まで、あと僅かだった。

すると。


「太陽みたいだなって、思ってたの」


彼女が、ぽつりと言った。

「何の話だ」
「手塚の、話」
「俺が、か」

彼女の言うことの意味が理解できずに、問い返す。こくんと頷き、その先を話し始める。


「青学にとっては生徒会長で、テニス部のみんなにとっては部長で、他の学校のテニス部員からすればライバルで、私の家族からすれば私の幼馴染の手塚君だけど」


そこで一度言葉を区切り、立ち止まって俺を見つめる。その表情はいつも通り柔らかく優しいのに、どこか泣きそうに見える。


「でも、私にとって手塚は、太陽みたいなんだ」


繋いでいない方の彼女の手が伸びてきたかと思えば、その手はするりと俺の頬を撫でた。


ほらね、あったかい。
そう告げる泣き笑いみたいなへらりとした表情が、俺を堪らない心地にさせる。


俺は。俺、は。

頬に触れる彼女の手を握りしめ、両方の手を捕まえると、そのまま彼女の唇に自分のものを重ねた。

そして、そっと上唇だけを、自分の唇で挟んだまま顔を離す。彼女の表情を確認できるまで距離をとると、緩やかな力しか加えていなかったそれは、当たり前に俺の唇から離れてしまった。


「嘘を、ついた。俺は、あなたに触れることが好きなわけでない」


彼女は、驚いた表情のまま俺を見ている。


「あなたが、好きなんだ」


好きだから、触れたい。
そのあたたかさを、ぬくもりを感じたい。

握りしめていたはずの手が、俺の手からすり抜けていったかと思えば。

彼女は俺の胸にしがみついてきた。


「私、も」

「ん?」
「私も、嘘ついた」


ぎゅっと俺の服を握る彼女。彼女が何を言いたいか、今度ははっきりとわかった。わかったが、俺はどんな嘘だ?と聞き返した。


「手塚が、すき」


聞きたかった言葉が返ってきて、俺は彼女の背に腕を回し、加減も知らずに抱き締めた。

ああ、ようやく。
ようやく、満たされた気がした。

手に触れても、唇を重ねても、満たされなかった何か。
彼女の言葉と抱き締めたことで、それがようやく、満たされたようだった。



彼女の家の前に着くと、俺から手を離す時、彼女が囁くようにこぼす。


「私が卒業しても、たまには隣歩かせてね」

「当然だ」

「他の女の子に、こんなことしてたら泣くからね」


はっきりと自覚できた。
きっと俺は今、笑っているだろう。

手を伸ばせば触れられる。でも、ほんの少し遠くを歩く彼女が、こんなにも愛しいから。



(まぶしいまぶしいあなた。あなたに恋する私は、さながら向日葵のよう)



−−−−−−−−



手塚もたまには置いてけぼりをくらうといい。だいすきな彼女がいなくなってしまった学校の広さに胸を痛めてみるといい。
置いていく方も置いて行かれる方も、同じだけ寂しいといいな。
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