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凡人と天才の違いは何だろう。
誰かが、天才とは99%の努力と1%の閃きだと言っていた気がするけれど、それなら凡人はどれだけ努力したところでその1%に泣くことになるし、やっぱり努力無しでも才能を持って産まれた人が有利であることは何事においても否定出来ない事実ではないだろうか。だからきっと、1%の閃きと言ったその人は天才側の人間だったんじゃないかな。凡人はきっと、その1%のせいで負けたなんて認めたくないに違いない。それならせめて努力が足りなかったと言われた方がマシだ。

と、そんな捻くれたことを凡人である私は思ってしまうのだった。凡人であることを卑屈に考えたことはないし、だから私は不幸だなんて言うつもりは毛頭ない。凡人だって幸せになれる。

ただ、考えてしまう。
彼は、どっちなんだろうって。



そんな益体のないことを考えて、どれくらい経ったか。人気のない神社の屋根の下、浴衣を纏う私。隣には、誰もいない。

やや離れたところでは屋台が連なっていて、人々で賑わっている。花火もあと半刻もすれば始まる頃だろう。


彼とはぐれてから、もうかれこれ1時間近くは経つ。鞄を持ってきていなかった彼の携帯や財布は、現在私の鞄の中に入っていて連絡手段はない。



目を閉じると、力を振り絞るように鳴く蝉の声と、やや遠くからは人々の喧騒。

彼は、私を見つけるだろうか。

愚問だ。
必ず見つけるに決まっている。なぜなら彼に出来ないことはないし、彼が望んで叶わないことだってないと私は信じるから。


彼の姿を脳裏に描けば、胸にあたたかい何かが込み上げる。


「おい」


目を開けると、神社の入り口に彼の姿が見えた。ああ、やっぱり彼は私を見つけてくれた。

そうわかった瞬間、じわりと涙で視界が揺れる。小さな子どもじゃあるまいし、彼に悟られないよう、瞬きの回数を減らして涙を落ち着ける。


「こんなところにいたのか」
「人混みにいたら気付かないかと思って」
「そりゃそうだが、まさか神社にいるとは思わなかった」

彼は不機嫌そうに、私の隣に腰掛ける。上品そうな浴衣は少し着崩れしているし、彼の額や首には汗が滲んでいた。

「跡部、汗かいてる」
「こんな季節に走ったら誰だって汗くらいかくだろ」
「走らせて、ごめん」
「お前のせいじゃねえよ」
「でも」
「見つかったからもういいだろ」

それ以上の私の謝罪を拒否するかのように、彼は言い切る。私は鞄からハンカチを取り出して、彼の額や首の汗を拭う。

すると、一通り拭き終えたところで、彼の腕が私の手首を捉える。その手はゆっくりと滑り、私の手のひらを握った。

「跡部?」
「間に合って、よかった。お前が一人で花火を見ることになったかもしれねえと思うと、ゾッとする」
「ふふ、大袈裟だよ」
「かもな」

自嘲気味にふっと笑いながらも、私の手を握る力は少しだけ強くなる。


彼は、人が望むもののおおよそ全てを持っている。才能もある、財力も権力もある、人格者でもある、そして美しい外見も器量も、全てを持っている。彼の手中には全てがあって、彼が一歩も動かずともその口が言葉を紡げば全てを思いのままにできる。


けれど彼は、きっと天才ではない。
だって、本当に望むものだけは、いつも彼の手から溢れていってしまうから。神は彼に全てを与えたのに、彼が一番欲しいものは与えなかった。


「私ね、跡部は絶対見つけてくれるって知ってたよ」
「当然だ」
「うん、わかってる。わかってた、けど。でもやっぱりありがとう。跡部の声が聞こえて、姿が見えた時すごく嬉しかった」


握られているだけだった手で、今度は私も彼の手を握り返す。指を絡ませ合うと、こんなに汗をかいているはずの彼の手が、酷く冷えていることに気づいた。
ゾッとした、という彼の言葉は大袈裟でも嘘でもなかったのだと知る。本当に怖いと感じていたのかもしれない。


彼は、人のためには財力も権力も存分に使う。何も惜しまない。

でも、私のために使ってくれるのは、いつだって彼の足と両腕だった。

彼は知っている。
本当に求めるものを手に入れることは、恵まれているだけでは、与えられたものを駆使しているだけでは叶わないと。
だから、いつだって彼は自分の手を伸ばす。そしてその手で、掴み取っていく。


「そうかよ」


そっけなく言いながら、彼はそっと私を抱き寄せた。蒸し暑さは変わらないのに、彼と体を寄せることを暑いとは思わなかった。

「私、はね」

彼が、天才でなくて良かった。
彼は全てを持っているけれど、全ては彼の思いのままになるけれど、彼に出来ないことなんてないけれど、それでも。
天才でない彼はきっと努力と苦労を重ねて、時には悔しさを噛み締めて、1%の壁に苦悩しながら、一つずつ自分の手で叶えていくのだろう。

そんな彼を、私は好きになった。

「私は、跡部が好きだよ」
「知ってる、」
「大好きなの。どこにも行かない」
「それも、知ってる」
「でもね、もしはぐれちゃった時は…、また今日みたいに探して欲しいな」

こんなにもあっさりと手に入ってしまう
ような、平凡な女は。跡部の心から欲するものかどうかはわからない。
でも、私は跡部の手から溢れたりしない。跡部が手放したいと思う瞬間まで、私はここにいると決めている。

「手のかかる女だな」

言葉と裏腹に、微笑みを宿した声色は、どこまでも柔らかい。刺すような声をしているくせに、どうしてかその響きは優しくて。そんなことでまで私を虜にしないで欲しいと思った。これ以上彼を好きになったら、私はきっとどうにかなってしまうのに。

大好きなの、と先ほどと同じ言葉を告げても、知ってる、という同じ言葉は返ってこなかった。


「ああ、俺もだ」


愛してる。
紡がれるその5文字は、いつだって一瞬にして私の世界を鮮やかに彩り、心にさまざまな感情を織り成す。

彼の背に回した腕に力を込める。

ああ、どうか願わくば。
あなたが一番願うものをその手に掴む日に、私が隣にいられたらいい。

物事を制すのが、天才だけではないことを、あなたが証明してみせるその日まで。


そんなことを願いながら、微かな汗の香りを感じていた。

花火が上がるまで、もう少し。



%
(どんな苦難の道であっても、最後に笑うのは、きっと)


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圧倒的な強さを誇りながら、氷帝が頂点を掴む日は終ぞ来ませんでした。全国だけではなく、都大会も関東大会も氷帝は結果を残せずでした。
それがなんだか、跡部そのものに思えたんです。ストイックで努力家で誰もが認める実力の持ち主であるにも関わらず、無我の境地を使えない跡部。
そこにこそ跡部の魅力があって、だからこそ読者は跡部を愛さずにはいられないわけですが、そこを分けるものが、某有名発明家の言う「1%の閃き」だったら悔しいなあと思いました。
どうかその1%が、努力で覆るものでありますように。

偉人の名言を見ても浮かぶのは中学生のテニスボーイのことばかりです。


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