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当たり前みたいに美しい青が、私には重かった。


晴れていると、もうそれだけでやる気が失せる。暑い、眩しい、気怠い。
そして今日も、うんざりするくらいに空は青く澄んでいて、それが私をさらに憂鬱な気分にさせる。


「今日も、やーめた」


文字通りの独り言を漏らした私は、部屋中の厚い遮光カーテンを全て締め切って、布団に潜って二度寝することに決めた。

すると、それを見計らったように玄関のチャイムが鳴る。犯人はわかっている。共働きで両親は家にいないし、私は二度寝をすると決めたばかりだ。そんな私がとった選択は、当然居留守だったのだけれど。

ガチャリという不穏な音の後、階段を上がり廊下を歩いてくる足音が聞こえる。まずいと思った瞬間には、私の部屋の扉は犯人の手によって開けられていた。


「用意せんと遅刻するぜよ」

「…」

「無駄じゃ、さっきカーテン閉めるの外から見とった」

「どうやって入ったの」

「おばさんから鍵預かった」


赤の他人に鍵を預けるなんて、母の危機察知能力の低さに呆れるばかりだ。まぁ母はこの男を執拗に気に入っているから無理もない。


「休む」

「理由」

「生理痛」

「嘘じゃな」

「ほんとだもん」

「生理なら2週間前にきたばっかりじゃろ」

「黙れ」


何でこいつが私の生理の周期を把握しているのか詳しく聞こうかと思ったけど、恐ろしいのでやめておいた。

私が布団に潜ったままでいると、小さな足音を立ててベッドの脇に座る気配。


「あんたこそ、遅刻するよ」

「今日は朝練ないんじゃ」

「じゃなくて、学校」

「お前さんが行かんのなら、俺も行かん。何なら俺もベッドに入れて欲しいくらいぜよ」


そう言って、布団越しに私の頭を撫でる。布団で隔たれているのがもどかしくて、丁度息苦しくなり始めていたし、私は観念してもぞもぞと布団から頭を出した。


「おはようさん」

「おはよう」

「ベッド、入ってええかのう?」

「余計暑くなるから嫌」


素っ気なく言ったのに、何故か仁王は楽しそうに笑う。数日ぶりにみた仁王の顔は、当たり前だけど何も変わっていなくてホッとする。悔しいけどこいつの外見は嫌いじゃない。


「何笑ってんの」

「久しぶりにお前さんの顔が見れたからのう。夏場はお前さん出歩きたがらんし、貴重じゃ」

「だって…」


夏は、好きじゃない。
強い日差しも、湿気の多さも、暑さも、好きじゃない。そして何より。


「空、か?」

「うん」

「前に青すぎるのがどうとかって言ってたのう」

「気が、重くならない?」

「ん?」


不思議そうに私を見る仁王。
私は暑さに耐え切れず布団から出て、冷房を入れる。そしてベッド脇に座っていた仁王の隣に腰を下ろす。


「青い空って、すごく綺麗でしょう?だから、自分が惨めに思えるの」


当たり前みたいにいつもいつも美しくて、大きくて。曇りなく青い空を見ていると、自分がちっぽけで無力なことを実感するし、頑張らなきゃいけない気分に強制的にさせられている気がして。それが堪らなく重いのだ。


すると、隣から優しいため息がこぼれ落ちる。手は私の頭に回され、仁王の肩へと引き寄せる。


「駄々っ子、じゃな」

「うるさい」


こてんと仁王の肩に頭を預けると、するすると私の髪を梳く手。口でなんと言おうと、こいつの隣はどんな場所よりも居心地がいい。息がしやすい。


「そんな駄々っ子に、吉報ぜよ」

「吉報?」

「俺を、見んしゃい」


言われて、私の方を向く仁王に向き合う。そこには、何一つ変わらない、いつも通りの仁王がいるだけだった。


「なに?」

「何色じゃと思う」

「は?」

「髪の毛」


視線を髪に移す。色を脱いているせいでやや傷みがみえる髪の毛。でも私はこの髪の毛が好きだった。なんだか落ち着くし、何よりもつかみどころのない仁王という男によく似合っているから。


「シルバー?」

「不正解」

「白」

「勘が悪いのう」

「見たまんまを答えたよ」


仁王の手が、私の両頬を包む。
さっき冷房をかけたばかりだけれど、仁王の手はひんやりと冷たい。私にはそれが心地いいけど、仁王は少し冷えてしまったかな。そんなことを考えながら、仁王の目を見る。



「曇り空の色、ぜよ」



沈黙、だった。


一瞬の静寂の後は、笑い声だった。

私の。


「何笑っとる」

「あははっ、だって、仁王気障すぎて似合わないんだもん」

「んー、いい案やと思ったんじゃけどのう」


そう残念そうに言う仁王だけど、表情はちっとも残念そうじゃない。嬉しそうに、私をみて笑っていた。

優しいやつだ。


「でも、」


仁王の首に腕を回して、抱きつく。

部屋の冷房は効いてきた。
もう、仁王にこうしても暑くはない。

予想通り少し冷えてしまった仁王の身体に、私の体温が伝わるようにと、ぎゅっと身体を寄せる。


「ありがとう」


ふっと耳元で笑い声が聞こえて、私の背中に回される腕。トクントクンとお互いの鼓動が伝わる。

仁王の隣は、どうしてこんなに心地がいいんだろう。

答えは簡単だった。
仁王はいつだって私の気分を軽くさせてくれるから。深刻なことも軽く軽く、冗談みたいにしてくれて、悩みも憂鬱もサッと取り除いてくれる。


「お前さんの気分も晴れたところで、ベッドインってのはどうじゃ」


顔のすぐ横にチラつく、脱色した髪の毛。
馬鹿みたいだと思ったけれど、そうだね。これが曇り空の色なら、これから毎日のように続く憂鬱で信じがたいほどに美しい青い空とも、向き合う気になれるかもしれない。

だから、今日は仁王の軽口に乗ってやろう。


「そうだね、いいよ」


詐欺師なんて呼ばれてるくせに、結局仁王は悪役にはなりきれない。中途半端なんだもん。中途半端に優しくて、ほんの少しだけ強い。その絶妙なアンバランスが、人の警戒心を取り払ってしまうのかな。

ベッドに戻される感覚の中、明日は学校に行こうかなあなんて、そんなことを考えていた。


(人を救うのは、何も美しいものだけじゃない)



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悩みがあるとき、頑張り続けるのは辛いですよね。
仁王はそんな子の緊張とか肩の力を緩和してくれるような緩さがある気がします。彼のつかみどころのないふわふわとした感じが、とてもいい。
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