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馬鹿正直で不器用極まりない。
けれど、努力を惜しまないひとだった。


泣いている…?

そう錯覚してしまったのは、降りしきる雨の仕業だろう。


強く打ち付ける雨の中、一人コートに立ち尽くす姿。ユニフォームを着て、彼愛用の帽子を生真面目に被っている。しかしその手にラケットはない。

教室の窓から見えた景色の中にいたあなたは、まるで泣いているかのようだった。





「どうなの、幸村くんは」
「……あいつは、戻ってくる」

真田の家に押しかけ、勉強をしているからと渋るのも気にせず強引に上がり込んだ私は、机に向かう真田の背に投げかける。

彼の、今一番の悩みであろうこと。

「そう、だね。きっと」
「無論だ」

大きな背の向こうの真田の腕は、動いている様子はない。
彼の悩みは私が解決できる類のものではないし、ましてや不器用ではあっても賢く強い彼は、きっと私よりも多くのとこに考えを及ばせていることだろう。

何も、してやれない。

彼はあの日、泣いていたのかもしれないのに。強く弱さを見せない彼が、深く傷ついているかもしれないのに。

その傷を癒してやれるのは、私ではない。


今までになかった、重苦しい沈黙。


真田の背を見ていられなかった私は、ふと壁に掛けてある日めくりカレンダーに目をやる。

「………真田」

「なんだ」

「私、帰る」

そう告げて部屋を出る私。真田は振り向きもしなかったけれど、それでいい。私では、今の真田にかけてやれる言葉を持たない。





今日は、昨夜みた予報通りまた雨だった。
もう梅雨入りも近いのだろう。曇り空が多く、吹く風にも湿気が含まれることが増えた。夜中から降り続く雨。
テニス部の朝練は、雨の場合は中止であることを私は知っていた。


そして、中止であるにも関わらず、真田が必ず部室に行くであろうことも。
部室のドアの前で、傘を差しながら彼を待つ。彼を待ち伏せるために、今年一番の早起きをした。

見上げた空は、鉛色。
優しいあなたは誰のために泣いているのでしょうか、そんな風に歌ったのは誰だっただろうか。生憎勉強が得意でない私では思い出せない。柳や柳生あたりなら知っているかもしれない。

真田は……勉強はできるけれど、彼がこんな気障な歌を知っているとは思えなくて、可笑しくなる。


すると、ようやく見えたあなたの姿。
私に気付くと、不思議そうな面持ちで近付いてくる。

「みょうじ、どうした。こんな早くに珍しいな」

表情は、変わらず暗い。
表情の変化が豊富なひとではないけれど、それでもいつものような自信も威厳も今の彼にはありはしない。

「真田」
「なんだ」



「お誕生日、おめでとう」



差し出す、スポーツ用品店のロゴ入りの袋。中身は彼愛用の帽子だ。長い夏には、きっと予備はいくつあっても困らないだろうと思ったのだ。

雨に、濡れる日もあるだろうし。

戸惑った後にはっとしたような彼。

「……そう、か。今日だったな」

そう言って私の手から袋を受け取ってくれる。

「そうだよ、忘れちゃってたの?」
「ああ。……ありがとう」
「どういたしまして。……ねえ、部室に入れて?待ってたから濡れちゃったの」

彼はわかった、待っていろと言って部室の鍵を取り出し、その扉を開ける。



瞬間。



『誕生日おめでとー!!!!!!』



弾けるようなクラッカーの音と、騒がしいくらいの声達。


「なっ…!」


驚き固まる真田の傍から部室を除けば、クラッカーを構えるレギュラー陣の姿。赤也が嬉しそうに真田に歩み寄り、その肩に『俺が今日の主役』とかかれたパーティーグッズのたすきをかける。

「ほら!めっちゃ似合うじゃないっすか!」
「おい、やめとけよまた俺がとばっちり食うだろ!」

怯えたように赤也に言うジャッカルと、その向こうで笑いをこらえる丸井と仁王、微笑を浮かべる柳に柳生。

そして。

「お、お前達…」

大したリアクションも取れずにいる、真田。


とりあえず中にと部員たちに促され、私と真田は部室に入る。部室の中には飾り付けもされていて、机上にはケーキやお菓子も置かれていた。

「お前達、いつの間にこんな準備を」
「彼女の提案です。真田君の誕生日、皆でサプライズを仕掛けませんか、とね」
「みょうじ、お前が?」
「どうせならみんなでワイワイーって思ってさ。だから、皆を叱らないでね?」

そう言うと、真田は僅かに頬を緩ませる。ほんの少し、表情を和らげるだけの笑い方だったけれど。

それは、久しぶりに見た真田の笑顔だった。

「そうか。お前達もすまんな。……ありがとう」
「弦一郎」
「蓮二?」


「俺達は同じ志、”常勝”の元に集った同志だろう」


その言葉に、真田の瞳が揺れる。


「精市は、今はいない。しかし、常勝を掲げたのは何も精市だけではないし、無論俺たち三者だけでもない」

見渡せば。

騒がしいひと、そそっかしいひと、賢いひと、はたまたずる賢いひと、真面目なひと。
誰もかれも個性的で、馴れ合いを好むひとはいないけれど。

それでも、絆は確かにある。
彼らが築き上げたのは、輝かしい実績だけではないのだと。

そう、皆が知っていた。


「幸村の穴を埋めるんは何も真田だけじゃなか。俺達全員で埋めるんじゃよ」
「そもそも幸村君の穴なんて真田一人じゃ埋められっこねえだろぃ?」
「そーっすよ!だから副部長はいつも通り怒鳴り散らして眉間に皺寄せててください!」
「おい赤也!だからやめろって叱られるの誰だと思ってんだ!」

冗談じみた赤也の言葉に、皆が笑う。


私は、私はただその光景を見ていた。
真田の傷は私には癒せないけれど、私にも出来ることはある。

真田の足は真田にしか動かせない。
彼らの困難は、彼らにしか乗り越えられない。

だったら私は、せめて彼らが少しでも笑顔になれるように。私の力の限り尽くそう。


馬鹿正直で、不器用極まりないひと。
けれど、孤立しがちなそんな彼の肩を叩いて、不器用だなと笑ってくれる同志達。
素直になりきれない彼らは、”仲間”という言葉を好まないだろう。

皆の輪の中にいた真田が、ふと私を振り返る。

「みょうじ」
「なに?」

「ありがとう」

その双眸には、燦然とした輝きが宿る。

真っ直ぐすぎるその輝きは、私には眩しすぎてくらくらする程だった。
けれどそれが、私の知っている、いつもの真田だった。


「どういたしまして」


”常勝”を掲げる彼らには、これから困難もあるだろうけれど。


『なにも心配することはなさそうだよ』

皆に囲まれる真田をこっそりと携帯の写真に収め、短い一文だけを添えて、送信ボタンを押す。

誰よりも真田を心配しているであろう彼の元へ。



(曇りし時にはそこに僅かばかりの輝きを。それだけで、強き彼らはまた前を向けるだろう)

真田Happy birthday!!
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