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足首が痛い。


体育大会。
陸上部ということもあって、走る種目に多く出場した私は、その殆どで1着をモノにした。

けれど午前の部の最後で出た二人三脚で、ペアの子と二人して転けてしまった際にどうやら足を捻ってしまったらしい。


午後にもリレーに出る予定だった私は、皆に心配はかけまいと適当に理由をつけクラスの輪を離れた。


「いった……とりあえず冷やさなきゃなー」


捻った左足を庇いながら、水道を目指す。


「おい、どうしたんだよ」


聞き慣れた声に振り向くと、クラスメイトの宍戸がいた。体操着の袖をまくっている姿がなんともよく似合っている。


「水道に行こうと思って」

「そうじゃねえよ。足、どうしたんだ」

「別に、どうもしないよ」


すかさず誤魔化したけれど、宍戸は呆れたようにため息をつく。


「ったく、仕方ねえな。ほら、掴まれ」

「い、いいよ。大丈夫」

「ごちゃごちゃ言ってんな。冷やすぞ」


私の制止なんて聞かずに、宍戸は私の腕をとって私を支えながら歩き出す。宍戸はそんなに長身なイメージはないけれど、隣を歩くとやっぱり私より大きくて。


支えてくれる腕の力強さ。
微かな汗の匂い。


それは私の鼓動を早めるには充分だった。



しばらく歩いて水道に到着すると、密着した身体が離れていき、ようやく心が落ち着きを取り戻す。


「あの、ありがとう」

「いや。ちょっと待ってろ」

「え?………ちょ、っと!なに!」


しゃがみ込んだかと思えば、私の捻った方の足から靴を脱がせようとしていた。


「何って、靴脱がなきゃ冷やせねえだろ。片脚じゃやりづれえかと思ってよ」

「そ、そうだけど、いいよ!大丈夫だから…」

「いいから、大人しくしてろ」


彼はぶっきらぼうな言葉と裏腹に、優しい手つきで靴下も脱がせてくれた。

そして手で私の足を持って、水道の蛇口を捻る。



冷たい水が、私の足を伝う。
その感覚はひどく心地良かったけれど、私はそれどころではなかった。


クラスメイトの男子に、腕や指ならまだしも足を持たせているというのはなんとも落ち着かない。

それに何も言わずに私の足に視線を落としている宍戸の表情に、いちいちトクンと心臓が高鳴る。

冷やしてもらっているはずなのに身体が熱く感じるのは、きっと照りつける太陽のせいだけではない。

どこまでも真剣な表情。
きっと面倒見のいい彼は、純粋に私を心配してくれているのだ。私がこんな妙な気持ちでいることを彼は知らない。


「どうだ?」

「…、だ、大丈夫。もう、大丈夫だよ」

「そうか、もう少しじっとしてろよ」

「……うん」


宍戸は蛇口の水を止めると、自分の肩にかけていたタオルで私の足を拭いてくれる。止めようと思ったけれど、きっと彼は私の制止なんて聞いてくれやしないだろうと思ってやめた。


元通りに靴下と靴を履かせてくれて、足首の状態を確認する。


「すごい、さっきよりずっと楽だ」

「すぐに冷やしたからかもな。午後、走れそうか?」

「もちろん!……宍戸、ありがとう」

「別に。あんま無理すんじゃねえぞ」


その言葉に頷き、クラスメイトの元へと二人で戻る。

ふいに吹き抜けた風が涼しくて、熱かった身体が冷まされていくようだった。


「みょうじ、混合リレー出るよな?」

「うん。女子のアンカーで出るよ」

「じゃ、俺の前だな。頼むぜ?」

「宍戸アンカーなんだ!足速いもんね。任せて、混合で1着獲れれば多分優勝だよ」

「だな。じゃぁまあ、午後も頑張ろうぜ」


そう言って二人拳を合わせる。
陽射しの似合う彼の笑顔が、私にはとても眩しくて。

鼓動はまた速さを増す。

さっきは落ち着かなかったそれが、今はなぜだか少し嬉しい。けれど、身体はまたどこか熱くなってしまったようだった。


もう、夏はすぐそこだ。
気持ちを引き締めるように、私は砂を強く踏み締めた。


(後はお願い、そう心の中で叫びながら繋いだバトン。振り向かずに走る彼の背中が、任せろと言ってくれているような気がした)
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