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真面目で潔癖そうな彼が、意外とキスが好きだと知ったのは付き合ってしばらく経った頃だった。


角度を変え、時折リップ音を立てながら唇を重ねる。薄い手塚の唇を私はそっと唇で挟む。すると、より深く唇を重ねようと彼の手が私の後頭部に添えられた。


「…ん…、っ」


カチャ、と。手塚の眼鏡のフレームが私にぶつかる。彼は顔を離し、眉間に皺を深く刻んだ。


「……眼鏡に不便を感じたことはなかったが、これは、そうだな」

「手塚……?」


手塚は悩ましげに呟くと、両フレームを掴んで眼鏡を外した。コトリとテーブルにそれを置き、再び私に向き合う。

そろり、彼の手が私の頬に触れる。


「裸眼では、お前の顔がよく見えない。だから、」


もっと近くに。
そしてまた、唇が重なる。

また最初から、啄むようなキス。
手塚は純粋に唇を重ねることが好きなのか、元来の性格か、性急にことを進めようとはしない。ゆっくりと感触を確かめるようなキスが続き、焦れて彼を誘うのはいつも私だった。


「て、づか……んっ」


ただ重ねられるだけのそれに耐え切れず、彼の唇をぺろりと舐める。


「…っ」


彼の息を飲む音が聞こえたかと思うと、私の口内に彼の舌がゆっくりと入ってくる。それでも彼は乱暴になることもなく、ただ味わうように私の口内を動いた。時折漏れる彼の吐息が壮絶な色気を含んでいて、それが余計に私を煽る。


ひとしきり口内を堪能した頃、手塚の顔が離れていく。私たちを繋いだ銀色の糸が名残惜しげにプツリと切れた。


私はまだまだ手塚が足りなくて、手塚を見つめる。すると手塚はふっとほんの少しその表情に笑みを宿す。


「やはり、お前の顔がよく見えない。……コンタクトも、用意しておくとしよう」


その台詞に、今度は私が笑う。


「ふふ、そこまでしてキスしたいの?」


手を伸ばし、手塚の頬に両手でそっと触れる。白くて滑らかな肌に、たまに女として嫉妬めいた感情を覚えてしまうけれど、やはり私は彼の肌が好きだ。
冷たそうに見える彼も、肌に触れると温かく、こうしてキスをすると1人の普通の男の子なのだとわかる。付き合っている女の子に触れたいと思う、普通の男の子。禁欲的で潔癖に見える彼と、こうして私に触れる彼。そのアンバランスさがとても人間らしくて、私は大好きだった。


「仕方がない、だろう。しかし、お前が不快なら控えるようにするが」

「私が不快に感じてると、本当にそう思う?」

「いや、俺にはむしろ……」

「ん?」


頬に添えた私の手に、手塚は自分の手を重ねる。その温もりがまるで慈しむようで、彼の温もりが重なるたびに私は幸せを噛みしめるのだ。


「お前が悦んでいるように、思える」


正解。

そう呟いて今度は私から唇を重ねる。
彼に倣って、啄むようなキスからだ。


私は彼に触れられたい。
キスじゃなくてもいい。とにかく彼の温もりを感じていたい。



不思議だ。


言葉はない。
彼は多くを語らない。


けれどその肌に触れると、彼から強烈ななまでの愛情が伝わってくるようで。愛されていることが、痛いくらいにわかる。

その痛みすら伴うほどの愛が、私は心地いい。


「なまえ…っ…ん」


気障な台詞や甘い言葉はいらない。
ただそうやって名前を呼んで、私に触れてくれればいい。


彼の温もりが、私を世界で一番の幸せ者にするから。



触れる
(私の愛も、彼に伝わっていればよいのだけれど)


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