tns | ナノ
「忍足は、なんでテニスやってるの?」


部活を終え、部室に戻ってきた忍足に問う。忍足はきょとんとして、すぐにいつものように笑う。

「えらい急やなあ」
「だって、忍足がスポーツマンとか似合わないんだもん」

変態だし女好きだし、努力とか汗とか、そういうフレッシュなイメージが全くない。

「ひどい言われようやけど、せやなぁ。なんでやろか」


穏やかな笑みを消さないまま、呟く。


いつだってそう。こいつの表情からは、本音が読み取れない。私を甘やかすような言葉はバカみたいに吐くくせに、自分のことはほとんど話さないのだ。
そのことに、言いようのない苛立ちが募る。


「天才は何やっても上手いんだからいいよねえ」


少しだけ本音、ほとんどは皮肉のつもりでそう言ったのに、忍足は表情を変えなかった。

「てか俺着替えんねんけど」
「どうぞー」
「……さよか」

私の機嫌の悪さを感じ取った忍足は苦笑いを浮かべた後、私に背を向けて着替え始める。



その光景に、はっとした。



じわり、目に涙が溜まる。


鼻の奥がツンとする。



泣きそうになった私は、思わず忍足に駆け寄ってその背中に抱きつく。

「え?どないしたん?」

珍しく驚く忍足の声。
そして身体で感じる忍足の体温。練習を終えた後だからか、その背には微かに汗が滲んでいて、私はもう限界だった。

頬と忍足の背中に、私の涙がつうっと伝う。


「ごめん」
「なにが?」
「ごめん、ね」


これは、罪悪感からの涙だ。



鍛え上げられた、細いくせに逞しい身体。
そしていたる所にある、傷跡とテーピング。



そうなのだ。この男は、こういう男だ。努力している姿を見せないし、弱音も吐かないし、大きな口を叩いたりもしないし、目標や夢を公言したりもしない。ただ黙々と自分と戦っている。そしてその全てを自分の中に隠して、穏やかに笑うのだ。


「なに泣いてんねん」


私に向き直って、目元の涙を指先で掬う。その仕草も表情も、全部がうそみたいに優しくて、私の涙腺を更に刺激した。


「だって、私ひどいこと…八つ当たり、した」
「そんなん気にしてへんよ」
「でも」
「ええからはよ泣き止み。帰ろうや」


な?と言って、私の額にキスを一つ。


「私、忍足のそういうところがきらい」
「ん?そういうとこって?」
「私を甘やかして、許して、笑うところ。なんか、自分がすごく嫌なやつだなって自覚しちゃうんだもん」
「そらすまんなあ」


ほら、そういうところ。

どう考えたって私が悪いのに、なんで忍足が謝るの。忍足は悪くない。
ぼろり、私の瞳からまた涙がおちる。



「でも、」
「うん」



「でも、そういうところが、だいすき」



堪らなく、大好きだった。

際限なく優しくて、あたたかくて、穏やかで、甘やかすのが上手くて、私が調子に乗って甘えるとすごく嬉しそうで、宝物みたいに私を大切にしてくれる、忍足が。



「だいすきだよ。忍足」



笑う。


私の大好きな微笑みで。とても嬉しそうに。



(暑い日も寒い日も、辛い日も泣きたい日も、当たり前みたいな「お疲れ様」が俺の心を洗うから)
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