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真面目で遊び心の欠片もないこいつは、この行事を知っているのだろうかと、ふと疑問に思った。


そしてそれを確かめるためだけに、隣の席に座るそいつに今日の合言葉を告げる。

すると私の言葉に眉一つ動かさずに、鞄に手を伸ばす。

その鞄から取り出したものを、そのまま私へと差し出す。


「えっ」

「欲しかったんだろう」


渡されたのは、綺麗にラッピングされたクッキー。

見ると、有名な焼き菓子屋さんの名前が印字されており、そのラッピングがハロウィン仕様であることからも、今日のために用意していたことは明らかだった。


驚いて反応出来ずにいる私に

「言われるだろうと思って用意していた。期待に添えたか?」

相変わらずの仏頂面でそう尋ねる。


期待に添えたか、ではない。そもそももらえるなんて期待してなかったし、予想外過ぎる。そのクッキーを選んでるこいつを想像するだけで丸一日楽しめるくらいである。

そして、あわよくば宣言通りにイタズラをしかけてやろうなどと考えていたけどそんな心の余裕はもはや私にはない。


「あ、ありがとう」

「ああ」

「これ、手塚が選んだの?」

「そうだが。何故だ」

「いや、だって…」


きっと手塚は、自分ではこんなお菓子屋さんに出向かないだろう。

馴染みのないお菓子屋さんで、手塚は興味もないであろう行事と私のために、普段は口にしないはずの洋菓子を、選んでくれた。



そんなの、ずるい。


かっこよすぎて、ずるい。

私はクッキーのリボンを解き、袋を開ける。


バターの香りと、クッキー1枚1枚に乗せられているナッツの香ばしい匂い。

1枚手にとって食べると、サクサクとした心地いい食感と、優しい甘み。


「おいしい」

「口にあったのなら良かった」

「手塚、ハロウィン知ってたんだね」

「ああ」

「ふふ、そっか。クッキー、手塚も食べようよ」


クッキーの袋を手塚に差し出すと、手塚の動きが止まる。


どうしたのだろう。

そう思った時。



「Trick or treat?」



手塚の口から、予期せぬ言葉が紡がれる。


「え……」

「どうしたんだ。今日は、ハロウィンなんだろう?」

「でも私、お菓子なんて持ってない」


手塚にもらった、このクッキー以外は。


手塚がハロウィンを知っているなんて思わなかったし、クッキーをもらえることだって予想していなかった。

そもそも手塚がお菓子を食べるところなんて数える程しか見たこともない。


すると手塚はいつもと何ら変わりない動作で席を立ち、次の授業に向けて移動の準備をしていた。


そして。


「それなら、悪戯だな?」


手塚らしくもない、けれど腹立たしい程に整った、企むような微笑で告げ、手塚は教室から去って行く。


ハメられた、と思った。

思ったけど、それでもいいなんて思ってしまう私もいる。


真面目で遊び心の欠片もない手塚は、果たして私にどんなイタズラをしてくるのだろうか。


手元にあるクッキーを眺めながら、私は心を踊らせた。
Trick or Treat
(あなたに仕掛けられるイタズラなら、喜んで)
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